『学習指導要領』及び大学入試に対する意見(2021年)
ⅩⅢ.教科書について
文部科学省が「教科書改革実行プラン」を発表(2013年11月15日)した後、教科用図書検定調査審議会(以下、検定審)に諮問し、答申が出された。これは教育行政の流れとしては本末転倒である。それに基づいて、教科書制度の変更が行われている。必ずしも望ましい方向に進んでいるとは限らない。検定申請時の「編修趣意書」(2014年1月改正、4月施行)についても改正「教育基本法」を具現化したかどうかが明らかになるように求められ、それを受けた形で「小学校社会科教科書『我が国の歴史』に関する検定結果(平成25年度)」が発表(2014年7月31日)になった。特定の個々の検定結果について、具体的に公表されたことは極めて異常なことだと言わざるを得ない。中学校(2015年4月6日公表)や高等学校(2016年3月18日公表)の検定結果も「検定基準の見直し」を受けた形となった。さらに、小学校「特別の教科 道徳」(2017年3月24日公表)においては、教科書出版社が「自主規制」を余儀なくされたことが明らかとなった。加えて、検定審が「教科書の改善について(報告)」(2017年5月23日)や「教科書検定制度の改善について(報告)」(2020年12月2日)を発表し、それを受けて「答弁書」を閣議決定(2021年4月27日)するなど、「教科書検定が強化」されている。「高等学校『現代の国語』に関する教科書検定の考え方等について」が事務連絡(2021年8月22日)されたように検定の運用において疑問が生じてきたことも指摘しておきたい。
また、「デジタル教科書」は児童・生徒に対する影響について十分な検証を行わずに使用の強制などがないことを強く望む。
1.「教科書」を教育課程の「大綱化・現場主義の重視」の流れにふさわしいものとすること
「前答申」は「4.課題の背景・原因 (3)教師が子どもたちと向き合う時間の確保や効果的・効率的な指導のための条件整備」で「学習指導要領の理念は、それぞれの教室での日々の教師の指導の中で実現するものであり、教師が子どもたちとどれだけ向き合い、どのような教科書・教材を用い、ICT環境等を活用していかに効果的・効率的に指導できるかといったことが極めて重要である」と述べている。さらに、「前答申」は「6.教育課程の基本的な枠組み (5)教育課程編成・実施に関する各学校の責任と現場主義の重視」で「各学校は、大綱的な基準であるこの学習指導要領に従い、地域や学校の実態、子どもたちの心身の発達の段階や特性を十分に考慮して適切な教育課程を編成し、創意工夫を生かした特色ある教育活動が展開可能な裁量と責任を有している」としている。
ところが、「五つの提言」は「主たる教材である教科書を通じて、説明・発表・討論等の言語活動により、思考力・判断力・表現力等が一層育成されるよう、次期学習指導要領においてそのような趣旨を徹底するとともに、教科用図書検定基準の見直しに取り組む」と述べている。
教科書について、各学校の特色ある教育活動が展開できる教科書を実現するよう、検定基準の大綱化、その運用の弾力化を図るべきである。
2.「教科用図書検定規則」等の運用について
「教科用図書検定規則」(平成元年4月4日・文部省令第20号)、「義務教育諸学校教科用図書検定基準」(平成29年8月10日・文部科学省告示第105号)、「高等学校教科用図書検定基準」(平成30年9月18日・文部科学省告示第174号)(以下、「検定規則等」)の実施にあたり、ここに示された教材の基準を恣意的に運用することなく、豊かな教材を実現すること。
また、「外国語科」においては「教科書の内容と領域別の目標との関係の明示など検定基準の必要な見直し」「言語活動の改善・充実の観点から必要な見直し」「語彙が実際のコミュニケーションにおいて活用できるよう」(「教科書」)や「CAN-DOリスト」や「学習到達目標」、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の推進により、「検定規則等」の運用がより規制されることがないようにすること。
また、文部科学省は社会科等固有の条件について、「教科用図書検定基準」等の改正(2014年1月17日)をし、その後、「小中高学習指導要領解説」改正を通知(2014年1月28日)という本末転倒なことをした。そして、「教科用図書検定審査要領」改正(2014年4月改正、2014年度検定から適用)も行った。さらに、「高等学校教科用図書検定基準」(平成30年9月18日・文部科学省告示第174号、平成31年4月1日施行)等も改正している。今後、これ以上、不適切な「改正」をしないことを強く望む。
3.「広域採択制度」を廃止すること
教科書採択について、私たちは第1回アピール「英語教育の改善に関するアピール」(1974年12月1日)以来、広域採択制を廃止し「一人ひとりの教員が、自己の責任において適切な教科用図書を主たる教材として採択できるようにしなければならない」と主張してきた。
2015年秋以来の教科書採択における「不適切な行為」は「広域採択制度」に起因するものであることは明白である。再発を防止して、教科書採択の公正確保のためにも制度を廃止しなければならない。「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律施行令」の「第11条」により、「都道府県の教育委員会規則で定める」ことができるために、教科書採択において教育委員会主導が強くなってきたが、適切だとは言いがたい。さらに、「平成28年度使用教科書採択について(通知)」(2015年4月7日)等によって、教科書採択において、なお一層教員の意見が反映しない状態となった。すなわち、地域の実態や生徒の実情に基づいた教員の意見が反映されていないことに加えて、学校の教員が適切と判断する創意・工夫を行うことが難しくなっている。中心的教材である「検定教科書」を教員自らの責任で選ぶことができず、不本意な「検定教科書」の使用を強制されている。教員が主体的に教科書を採択することができるような施策を講じるべきである。あわせて教科書採択に関して、全面的な情報開示が徹底されるべきである。なお、横浜市は2010年度から「広域採択制度」を悪用し、「全市一括採択」とした。川崎市でも次の採択から同様となった。誠に遺憾である。加えて、このところ、東京都をはじめ、大阪府、神奈川県、大阪市、京都市など、いくつかの教育委員会が特定の出版社の文部科学省検定済高等学校日本史教科書を「不適切」として、結果的に各高校などで採択して使用することができなくなった。教科書採択に教育委員会が事実上介入した。これは「二重検定」であり、「広域採択制度」以前の問題である。「国定教科書」化にも通じる。まことに異常であり、大いに遺憾である。
「広域採択制度」が施行されて以来、中学校用英語教科書の種類が減少したことも、重大な問題である。小学校・中学校のすべての教科について起こっている問題なのである。これは、それぞれの教科書の良否によるというよりは、むしろ、教科書会社の営業力の強弱に起因することである。それは、教育委員会主導が強くなってきたとは言っても、採択地区の中で決定権を握る少数の関係者との関係が重要な意味を持ってくるからである。教科書会社と教育界との間に非常に望ましくない癒着の関係が生じてきている。1902(明治35)年の教科書汚職事件は教科書国定化への道を拓いた。私たちは教科書国定化の道が拓かれることになることを恐れるのである。そして、教育界を健全な状態にするためにも、いかなる規模の広域採択制度も廃止しなければならないと考える。
「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(以下「教科書無償措置法」)を改め、「広域採択制度」を廃止すべきである。当面、「広域採択制度」を改め、「検定教科書」採択に当たっては学校単位で採択できるようにすることにし、近い将来には、一人ひとりの教員が、自己の責任において適切な教科用図書を主たる教材として採択できるようにしなければならない。
「共同採択地区における協議の方法に関する規定の整備」や「採択地区の設定単位の変更」(「教科書無償措置法」(2014年4月改正))は「単独採択」への一歩であるかもしれないが、「広域採択制度」であることには変わりがない。「ILO・ユネスコ『教員の地位に関する勧告』」(1966年)は「(61)教員は(中略)教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべきである」(『教育条約集』三省堂)としている。この勧告に従って、上述の「一人ひとりの教員が採択できる」ようにしなければならない。
私たちは、「第1回アピール」以来、「中学校の教科書採択に際して、いわゆる『学年進行』を認めること」を主張してきたが、現在行われている「学年進行」は本来私たちが望むものではない。つまり、旧版の教科書が継続使用できるようにすべきである。2学年・3学年においては、旧版ではなく同一出版社であっても新版を使用することになっているため、学校現場では指導内容の継続性に問題が生じたり、教材・教具が1~2年間しか使用できないため、購入できなかったり、授業に支障が出ている。加えて、学習指導要領の改訂などにより、中学校教科書の内容が著しく変化した外国語(英語)は教材研究等に従来よりも時間を割かなければならない状態になり、学校現場の多忙さに拍車をかけている。
なお、公正取引委員会が「教科書採択に関する独占禁止法の『特殊指定』を廃止」(2006年9月1日)したことにより、「見本本」の提供等において、ますます大手教科書出版社に有利な教科書採択制度となってしまったことを指摘しておきたい。
4.検定教科書の使用義務を緩和すること
「検定教科書」以外でも、『学習指導要領』が掲げる目標を達成するのにふさわしいものであれば、それを「主たる教材」として用いることを容易にするよう「学校教育法」の第34条、第49条、第62条、第70条、第82条の各規定の運用について改善し、「検定教科書」の使用義務を緩和することが必要である。
英語以外の言語では、教員が適すると考えるあらゆる世界中の言語教育のための出版物を「教科書」として自由に使用している。『学習指導要領』や「実施計画」「五つの提言」は「授業は英語で行うことを基本」とした。それならば、授業が行いやすい教科書を自由に使えるようにすべきである。せめて、『学習指導要領』に合わせて、検定を行うべきである。なお、「五つの提言」も「世界的に広く用いられている教材を参考にしつつ、…」としている。さらに、「中高一貫校」や「中等教育学校」では、「学校教育法」の第71条の規定により、「検定教科書」が学校単位で採択できるにもかかわらず、「検定教科書」以外の教科書等が「主たる教材」として使用されている。上述のように、すべての学校で行うことができるようにすべきである。
様々な考え方・指導法に基づいた教材があり、これを「主たる教材」として自由に用いられなければ、十分な教育効果が見られないことは自明である。コミュニケーション能力の育成のためには、教員がその責任において、実態をふまえた「主たる教材」の選択を行えることが重要である。適切な「教科書」が選べないという状態を一刻も早く解消すべきである。
なお付言すれば、上述の「不適切な行為」は、教科書定価があまりにも廉価過ぎることも一因であるので、「適正な」価格にすべきである。また、「子どもの権利条約・第28条」の主旨からも「教科書無償措置法」を高等学校へも適用できるようにすべきである。