■ 映画で授業

www.shin-eiken.com

第76回 『ミス・ポター』 Miss Potter 2006年

安野寿美(やすの・かずみ 東京・江戸川区立小岩第一中学校)

はじめに

 教科書の一文が、なぜか引っかかることがある。私の場合、それは"The National Trust protects the Lake District."(中学校用教科書New Crown English Series 1, Lesson 9-2)中学校の1年生が学ぶにしては、いくら3学期とはいえ、わかりにくい。
 文字通り「ナショナル・トラストは湖水地方を守ります。」と訳しても、その意味するところは「?」である。そもそもナショナル・トラストなるものが何であるかわからないし、湖水地方というのがどんなところかもわからないし、それを守るって何のことだかわからない。たった一文で、それだけわからないものが続いたら、延々と解説をしてもらっても「どうでもいいや」という気分になってくるのが普通だろう。
 この一文を理解するために私が使った教材は、映画『ミス・ポター』と横川節子『イギリス ナショナル・トラストを旅する』クリックするとAmazonで、該当の書籍のページを開くことが出来ます。(千早書房2001)である。教科書の付属資料などからつくったプリントとともに、生徒とナショナル・トラストへの旅に出よう!

映画のあらすじ

 20世紀初頭のイギリスはヴィクトリア朝の封建的な空気が残っていた。上流階級の女性が仕事を持つことなど考えられなかった時代、ビアトリクス・ポターは大好きな動物たちを描いた絵本を書いて出版する。それは幼い頃、家族で静養に出かけた湖水地方を舞台にした、いたずら好きのウサギ、ピーター・ラビットたちを主人公にした物語だった。絵本はたちまち人気となり、ビアトリクスはこの時代の女性にはきわめて珍しいことに、親の財産に頼ることなく収入を得るようになる。
 その後彼女は編集者ノーマンと「身分違い」の恋に落ち、家族の反対を押し切って婚約したものの、ノーマンは突然病死してしまう。傷心の彼女を癒したのはかつて愛した湖水地方の自然だった。ノーマンの家族との交流をもちつつ、彼女は湖水地方に永住する決意をする。そこから彼女の湖水地方を守る闘いが始まる。
 開発業者が買おうとする湖水地方の土地や農場を自分で買い、自然環境を守ることに情熱を燃やした。それは、彼女の壮大な夢の始まりだった。

授業での使い方

 まず "The Tale of Peter Rabbit" の最初の3ページをプリントして、みんなで声に出して読んでみる。ウサギたちの名前Flopsy, Mopsy, Cotton-tail, and Peterは音がおもしろいらしく喜んで読む。短く読んで、物語調の日本語訳を「むかし、むか~し」といった調子でつける。その後本文Lesson 9-1を読んで意味を確かめる。ここではあまりthe Lake Districtに深入りしない。
 次の時間、ナショナル・トラストの成り立ちとキャノン・ローンズリーの存在に触れたプリント(資料1)で一通り説明した後、

「このローンズリーが若い頃から、いわば家庭教師をしていたのがピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターです。ビアトリクスは自分より15歳年上のハンサムな牧師ローンズリーが大好きで、とても尊敬していました。彼女が絵本を書くようになったのも、レイク・ディストリクトに住むようになったのも、このローンズリーの影響が大きいと言われています。では、ビアトリクス・ポターを主人公にした映画『ミス・ポター』の一場面を見てみましょう。」

といって、もう終盤に近い1時間20分頃から農場が競売にかけられるシーンを約5分間見せる。

使ったシーン(Chapter 14 1:19:52~1:24:57)

 近くの農場が売りに出されると聞いたミス・ポターは自分の弁護士ヒーリスと競売会場に出かける。「限度額を超えないように」とヒーリスから念を押されているにもかかわらず、ミス・ポターは法外な値段で開発業者に買われようとしていた農場を落札してしまう。

Sir, you should control your client.
画像出典:DVD「ミス・ポター」(角川エンタテインメント)

 競売が終わった後、会場の外でヒーリスを呼び止めた開発業者が言う。「雇い主の暴走を止めた方がいい。(原文は"You should control your client."だが、1年生には難しすぎるのであまり聞き取りにこだわらない。)」それに対してミス・ポターが言う「お説教は結構です。」あきれて一言も出ない開発業者にニヤリと笑って去るヒーリスとミス・ポターが痛快である。


生徒の反応

 このシーンを見終わった後、生徒に問いかける。

「このシーン、ちょっとおかしいと思わない?ミスター・ヒーリスとミス・ポターはどっちが雇っているの?」
「ミス・ポター」
「なのに、どうしてこの開発業者のおじさんは目の前にいるミス・ポターを無視して、雇われている弁護士の方に話をしてるの?」
「・・・ミス・ポターが女だから?」

 女性が経済的に自立することがきわめて珍しかった時代、交渉をするのも男性の力が必要だったことや雇い主であることを知りながら女であるミス・ポターに直接話もしなかったことなど、この時代の背景がこのやり取りから浮き彫りになる。
 その後『イギリス ナショナル・トラストを旅する』33ページ中頃から34ページまでを読んできかせる。そこには、ベアトリクス・ポターとローンズリーの交流、77歳で生涯を終えた彼女が絵本の印税で取得した4000エーカーの土地をすべてナショナル・トラストに寄贈したこと、それは彼女がローンズリーの創設したナショナル・トラストのために、「生涯をかけて用意した贈り物である」ことが記されている。

 「ですから、ピーター・ラビットは『大きな湖水地方を守った小さなウサギ』と呼ばれているのです。」

と結んで生徒の顔を見ると、この夢のある話にちょっと感動したような顔をしている子もいた。

資料

ダウンロード

DVD

ミス・ポター初回生産DVDパッケージ

ミス・ポター Miss Potter
2006年 本編93分
ミス・ポター:レニー・ゼルウィガー/ノーマン・ウォーン:ユアン・マクレガー
DVD●角川エンタテインメント
音声:英語5.1chDDサラウンド&日本語2.0chDDステレオ
字幕:日本語字幕(※英語字幕なし)

リンク


Amazon.co.jpアソシエイトサーチ:   

このページの内容は、雑誌「新英語教育」2010年7月(491号)に掲載された記事を、了解を得て転載したものです。
文中のYouTubeの動画表示とamazonのリンクアイコン、および「資料」は、サイト編集部で追加しました。