■ 第75回 こもれび塾12月例会報告

2016年12月
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12月

「どう教える、何を伝える? こもれび塾初!
『長文読み取り』を実践的に考える」

 「長文をどうやっていいかわからない」「こもれび塾で学んでいることと逆のpassive learningで…」との悩みを解決すべく開いた会。「トップダウンで長文読解〜読んだ内容から自己表現へ〜」と「設問を変えてみたら長文の取り組みが見違えった」の2つのミニ実践報告をベースに具体的に論議しました。読解は受動的な活動ではない、という大きな発見があった会になりました。

〈学んだこと・感想〉

  • 長文に負けない。how toのみに陥ることなく、中身をどう読ませるか。それには「発問」がポイント。何を読み取らせるのか、が大事。それが発問としてきちんと問うているか。何かを伝えるための言葉であり、、長文である。 
  • 長文を読ませるのが悩みだった。表現につなげる取り組みを知り、そこが大事だと思った。ビデオで見る生徒たちの生き生きした表現活動がすごかった。そのつながりをどうやられたのか、具体的に知りたかった。実際に生徒にやった授業をぜひ体験したい。
  • 中身のあるものを読ませる、という当たり前のことを再認識した。それを発問によって深めていく、それが読み取り、と知った。英語は人生を豊かにする教科なんだなーと思った。受験前も中身を厳選したい。中3ならこれが読める!とわかった。
  • わからないことだらけ。推測しながら読むのは日本語でもやっている。背景知識なしで日本語と同じように読める、というのが、今日心に残ったこと。
  • センテンスの構築がわかり、自分の表現を「書いて」「言える」ようになる。それを積み重ねる。それが「読める」につながる、と最近生徒たちを見ていてとても感じる。生徒の言葉に「英語がわかるようになった。文が書けてうれしい。文も読めるようになった。」とあった。 → 読解力を上げるのは、読む力をつける、ということよりむしろ、文字と音で心を通った言葉をいかに体に貯めていくか、にかかっている。
  • 英作文の力をどのように子どもたちにつけてやるか、を考えた。しかもそれは、心の通った、自己表現したい気持ちから沸き起こる英作文のストックをいかに増やしていくか、ということなのだとわかった。
  • 長文読解の指導の奥深さを感じ、自分だったらどうやる、と考えた。そして、どの先生もテクニックの部分と心を読み取る部分を意識しながら、またはジレンマを抱えながら指導されているのかなあとも感じた。
  • ケビン・カーターの行動に賛成か反対か?という主題があったが、評論家になって終わりはしないか。自分は「自分がその立場だったらどうするか」を考えさせ、書かせている。

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(2016年12月31日掲載)