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新『学習指導要領』等に対する意見


2017年7月27日

内閣総理大臣安倍 晋三 様  
文部科学大臣 兼 教育改革担当大臣松野 博一 様  
教育再生実行会議座長鎌田 薫 様  
中央教育審議会会長北山 禎介 様  
同 教育振興基本計画部会会長 北山 禎介 様  
同 初等中等教育分科会会長 小川 正人 様  
同 初等中等教育分科会教育課程部会会長 無藤 隆 様  
同 初等中等教育分科会教育課程部会
     教育課程企画特別部会主査
羽入 佐知子 様  
同 初等中等教育分科会教育課程部会
     外国語ワーキンググループ主査
吉田 研作 様  
同 初等中等教育分科会教員養成部会会長 小原 芳明 様  
同 学校における働き方改革特別部会会長小川 正人 様  
教科用図書検定調査審議会会長山内 進 様  
育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会座長安彦 忠彦 様  
高大接続システム改革会議座長安西 祐一郎 様  
英語教育の在り方に関する有識者会議座長吉田 研作 様  
検定試験の評価の在り方に関する有識者会議主査 木村 孟 様  
外国語教育における「CAN-DO リスト」の形での学習到達目標設定に関する検討会議座長吉田 研作 様  
文部科学省 初等中等教育局視学官平木 裕 様  
同            外国語教育課課長木幡 泰弘 様  
同            外国語教育推進室室長 佐藤 人海 様  
同     高等教育局局長 義本 博司 様  

新『学習指導要領』等に対する意見
日本外国語教育改善協議会 

日本外国語教育改善協議会(以下「改善協」)は、1972年に発足した日本英語教育改善懇談会が、その四半世紀の活動を経て、1997年の大会で「日本外国語教育改善協議会」と名称を改め、活動を続けているものです。「改善協」は、一貫して、日本における外国語教育の改善を実現するための諸課題につき議論した上で、関係諸機関に提言また要請を行っています。運営は、この会に参加する各団体から選ばれた世話人が組織する「世話人会」を中心に進め、経費は各団体が拠出する参加費でまかなっています。
「改善協」は、2017年4月2日に、東京・一般財団法人語学教育研究所で第45回大会を開催し、外国語教育の現状を踏まえて、日本の外国語教育の改善を実現するための方策について、議論を行いました。各参加団体より6名を上限とする参加者が、研究者、実践者のいずれにおいても個人の資格で、外国語教育の専門家として議論に参加しました。2017年3月31日に公示された『小学校及び中学校学習指導要領』を中心に議論しました。加えて、2013年12月13日に公表された「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」(以下「実施計画」)、「英語教育の在り方に関する有識者会議」の「今後の英語教育の改善・充実方策について報告~グローバル化に対応した英語教育改革五つの提言~」(2014年9月26日、以下「五つの提言」)、2016年3月31日に公表された「高大接続システム会議『最終報告』」(以下「高大接続」)及び、中央教育審議会(以下「中教審」)答申(2016年12月21日)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び、特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(以下「答申」)も合わせて議論をしました。さらに、2014年3月18日に公表された「教員免許更新制度の改善について(報告)」(以下「免許更新」)、2014年11月6日に公表された「これからの学校教育を担う教員の在り方について(報告)」(以下「報告」)、2015年3月17日に公表された「英語の資格・検定試験の活用促進に関する行動指針」(以下「行動指針」)、「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について~学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築について~」(2015年12月21日、以下「資質能力」)、2017年3月29日に公表された「全国的な学力調査の今後の改善方策について(まとめ)」(以下「学力調査」)、「全国学力・学習状況調査における中学校の英語の実施に関する最終報告」(以下「中学校英語」)及び、「教科書の改善について(報告)」(2017年5月23日、以下「教科書」)等も踏まえ、以下のⅠ~ⅩⅤについて改善を求めることを決議しました。慎重に検討されることを要望いたします。

  1. はじめに
  2. 「実施計画」及び「五つの提言」等に対する意見
  3. 望ましい『学習指導要領』について
  4. 多様な外国語学習の保障について-「外国語」の科目-
  5. 「外国語」の「目標」について
  6. 『小学校学習指導要領』(第2章 第10節 外国語科 及び 第4章 外国語活動)について
  7. 『中学校学習指導要領』(第2章 第9節 外国語科)について
  8. 現行『高等学校学習指導要領』(第2章 第8節 外国語 及び 第3章 第13節 英語)
  9.        について
  10. 「外国語」授業のクラスサイズについて
  11. 「外国語」の「習熟度別指導」について
  12. 「学習評価の改善」について
  13. 教科書について
  14. 「外国語」担当教員の養成・採用・研修等について
  15. ネイティブ・スピーカー(ALT)について
  16. 入学者選抜試験(入試)における外国語について


Ⅰ.はじめに

 かつての『学習指導要領』が主に授業の内容を規定してきたのに対し、最近のものは学習方法や評価にまで言及してきている。本年3月に公示された『学習指導要領』はますますこの傾向を強め資質・能力をも規定した。これでは現場の授業を今まで以上に拘束することになり、教員の自主的創造的な授業の障害になることが憂慮される。教育は、一人一人の子どもの現実を踏まえて教師が創意工夫して行うところに本質がある。このことは、1947年の「試案」が以下のように雄弁に述べているとおりである。
 「その地域の社会の特性や、学校の施設の実情や、さらに兒童の特性に應じて、それぞれの現場でそれらの事情にぴったりした内容を考え、その方法を工夫してこそよく行くのであって、ただあてがわれた型のとおりにやるのでは、かえって目的を達するに遠くなるのである。またそういう工夫があってこそ、生きた敎師の働きが求められるのであって、型のとおりにやるのなら敎師は機械にすぎない。」
 新学習指導要領は、「教師は機械になれ」というのだろうか。
 また、今回公示された学習指導要領は、学習に関する相反する二つの考え方を混在させており、内部矛盾を含んでいる。一方の考え方は、旧来のように個人に競わせる学習手法・学習観であり、もう一方は、欧州評議会で共有しようとしている体験的・協同的能力観と学習手法である。新学習指導要領は「国際的な」理論的根拠を取り入れようとして『外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠』(以下、CEFR)の考え方を部分的に借用しているが,他の部分と整合性がない。例えば、EUに倣ってアクティブ・ラーニング(「主体的・対話的な深い学び」)を強調しているが,考え方の基本にある複言語主義や平和と権利という目標については全く言及されていない。同様に、本来は熟達度を評価するためのCAN-DO記述も、まるで達成目標であるかのように扱っており、子どもたちは、学校内では観点別評価で立ち居振る舞いまで評価・序列化され、学校外では業者テストでの高得点を目指させられようとしている。
 必要な資質・能力については、(1)知識及び技能が習得されるようにすること、(2)思考力・判断力・表現力等を育成すること、(3)学びに向かう力・人間性等を涵養することをあげ、各教科の「目標」で具体化させている。これらを学習指導要領で細かく規定することは問題であるが、CEFRとの整合性を持たせようとするなら以下のようにすべきである。
  (ア)「共通参照レベル」は達成目標ではない、と明記すること
  (イ)CAN-DO記述に基づく「学習到達目標」は定めないこと
  (ウ)「観点別学習状況の評価」を強制しないこと
(エ)「外部検定試験」を学校教育に持ち込まないこと
 次に、この『学習指導要領』に加えて、「全国学力・学習状況調査」「外部検定試験の強制」「OECD諸国で最低クラスの予算」「OECD諸国最長の勤務時間」など劣悪な教育環境によって、日本の外国語教育は困難な課題が山積しており、児童・生徒間の学力格差が拡大しつつあることは重大な問題である。
 小学校では、外国語(英語)の教員免許状を持たない学級担任が「外国語活動」を教えることになり、その努力にもかかわらず「英語は嫌い」という児童が20%以上生まれている(国立教育政策研究所調査)。また、「小学校英語」が拡大されるにしたがって、学習の遅れを心配して塾に通わせる保護者が増加している。塾に行く児童は、学校では教えない内容を教わったり、学習を先取りしたりすることが多いという現実の中で格差が生じているのである。『学習指導要領』での「早期化」・「教科化」によって、この傾向に拍車がかかることは明らかである。
 こうして中学校では、一部の生徒が「マイナスからのスタート」を余儀なくされ、学習内容が本格化する中で、さらに授業が分からないという層が増えている。学校ではコミュニケーション活動、塾では文法という傾向も聞かれ、塾に行けない子は落ちこぼれ、「二極化」が進んでいる。ここに「英語の授業は英語で」の方針が過剰に導入されれば、その傾向がさらに加速することが心配される。また「習熟度別指導」によってこの格差が固定化される恐れもあり、差別感・屈辱感をいだかせ、学習意欲を失わせることにもつながる。
 高等学校は入学時点で学校自体が「習熟度別」になっているわけであるが、既に「英語の授業は英語で」が推進されている。これによって、基礎が十分定着している生徒は授業で総合的な学力を身に付けることができるかもしれないが、そうでない多くの生徒は必要以上に授業を英語で進められると、授業が分からないままになりがちである。また、「高等学校卒業段階で英検準2級程度から2級程度以上」という目標は、スーパーグローバルハイスクールなどの一部の生徒を対象としたものとしか考えられず、大多数が蚊帳の外に置かれている現状は看過できない。
 以上のような「学力格差」の拡大は、根本的には「6人に1人の子どもが貧困」と言われる経済格差に基づくものであると考えられるが、それを是正するような施策が決定的に不足している。本来なら、子どもたちに十分な教育を保障するための予算を割り当てる必要がある。しかしながら、GDPに占める教育予算はOECD加盟33カ国中32位(3.2%)という貧しさである。さらに、大谷泰照氏によれば、国家予算に占める教育関係費は1975年の12.4%から後退を続け、2013年にはわずか5.8%にまで半減している現状があり、大幅に改善すべきである。


Ⅱ.「実施計画」及び「五つの提言」等に対する意見

 「実施計画」は「初等中等教育段階からグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため」と言いながら、「英語教育改革実施計画」を策定するとは以ての外である。詳しくは後述するが、「グローバル化」と言うのであれば「多様な外国語」の学習を保障すべきである。併せて、「五つの提言」は「アジアの中でトップクラスの英語力を目指すべき」とあるが、言語道断である。
 加えて、「2020年(平成32年)の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、新たな英語教育」と述べている。これは「特定の」事業のみを教育改革の理由としており、大いに遺憾である。さらに、文部科学省は2015年6月5日に「生徒の英語力向上推進プラン」(以下「プラン」)を公表した。これも同じ流れを汲むものであると言わなければならない。それを受けて、2016年4月4日に文部科学省は「平成27年度 英語教育実施状況調査」(以下「調査」)を公表した。「英検」のような「外部検定試験」に公教育の評価を委ねることは本末転倒である。
 「実施計画」でも体制整備のために「外部検定試験」の活用が言及されている。上級学校への進学や単位認定、就職、さらに教員採用・研修・評価等に「外部検定試験」がますます使われてきており、すでに学校教育の「外部」依存による公教育の「歪み」が進んできている。このままでは、さらにその傾向が強くなることは言うまでもない。
 「実施計画」は「2.新たな英語教育の在り方実現のための体制整備(平成26年度から強力に推進)○中・高等学校における指導体制強化」で「※全ての英語教員について、英検準1級,TOEFLiBT 80点程度等の英語力を確保」、「小・中・高の各段階を通じて英語教育を充実し、生徒の英語力を向上(高校卒業段階で英検2級~準1級、TOEFL iBT57点程度以上等)→外部検定試験を活用して生徒の英語力を検証するとともに、大学入試においても4技能を測定可能な英検、TOEFL等の資格・検定試験等の活用の普及・拡大」としている。さらに、「五つの提言」は「生徒の英語力を把握し、きめの細かい指導の改善・充実や生徒の学習意欲の向上につなげるため、従来から設定されている英語力の目標(学習指導要領に沿って設定される目標(中学校卒業段階:英検3級程度以上、高等学校卒業段階:英検準2級程度から2級程度以上)を達成した中・高生の割合50%)だけでなく、高等学校段階の生徒の特性・進路等に応じた英語力、例えば、高等学校卒業段階で、英検2~準1級、TOEFLiBT 60点前後以上等を設定し、生徒の英語力の把握・分析・改善を行うことが必要」と述べている。さらに、「プラン」では2024年度に「中・高生の割合70%」とした。「全国学力・学習状況調査」と同様に、「調査」で英検取得率などの都道府県別データも公表した。それを基に2016年度からは、都道府県ごとに「英語教育改善プラン」を策定・公表することになっている。国内外の民間団体が提供している英検、TOEFL等のスコア等を生徒や教員の目標値として一律に設定している。例えば、「英語検定2級」が「高校卒業程度」であるとしているのにもかかわらず、「準1級」までをも「高校卒業段階」で求めている。このように「学習指導要領」とは整合性がない「外部検定試験」を利用することで、大いに矛盾が生じている。支離滅裂である。そもそもこの調査は実態を反映していない。生徒の「取得者」数は、受験していなくても英語教員が「それ以上の力がある」と判断した数を含む。また、教員の取得率は受験したことのない教員を含めた全教員数中の取得率なのだから、あたかも平均的な英語力であるかのような扱いは言語道断である。さらに言えば、「外部検定試験」では「英語力」の一部しか測れない。例えば「英語力」を「コミュニケーション力」と定義すれば、話す内容、態度、築く力など、「外部検定試験」では測定できる力ではない。さらに、教員の「英語力」と教育力は別物である。世界についての常識や教養を踏まえた「本物の英語力」であればある程度の関連はあるだろうが、「外部検定試験」で測る「英語力」は、教育力とは異なることを認識すべきある。加えて、大学の卒業要件等で「外部資格・検定試験の活用」が行われているが、いずれも誤りである。そのための「受験料」等は多くは受益者負担となっていることも指摘しておく。すでにこれを目標・目的にした教育が始まっており、「拡大化」を助長しようとしている。そのためか、「行動指針」はたった2回の会議で作成された。これは外国語教育の目標を矮小化するものであり、断じて容認できない。
 さらに、「実施計画」は「グローバル化に対応した新たな英語教育の目標・内容等(案)」でヨーロッパのCEFRをも無理やり持ち込んできている。「複文化・複言語主義」の考えで作られたものを「英語」という「一言語」のみに特化しようとしている。「CAN-DOリスト」も「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策~英語を学ぶ意欲と使う機会の充実を通じた確かなコミュニケーション能力の育成に向けて~」(以下「提言」)を受けて推進されようとしている。日本では、現場の意見や理解なしに、本来の趣旨にない「競争」のための基準として、使われようとしている。また、「教育課程企画特別部会 論点整理(2015年8月、以下「論点整理」)」は「国が示す教育目標を踏まえ、各学校が具体的な学習到達目標(CAN-DO形式)を設定し、児童生徒にどのような英語力が身に付くか、英語を用いて何ができるようになるかなどが明確になり、指導と多面的な評価の一体化とそれらの改善が図られる」と述べている。加えて、「五つの提言」では踏み込んだ言及がなされている。「学習到達目標」の設定については一律に現場に持ち込むべきものではなく、各学校や教員に委ねるべきである。
 さらに重要なことは、「答申」にあった「国際的な基準であるCEFRなどを参考に、段階的に実現する領域別の目標を設定」、「各学校においては、国が外国語の学習指導要領に定める領域別の目標を踏まえ、更に具体的に各校の学習指導目標を設定」つまり「CAN-DOリスト」が「アクティブラーニング」と併せて今回公示された『学習指導要領』上に記されていないことである。
 公教育における外国語教育の改善を実現するためには、教員養成制度を含む総合的な公教育制度を確立し、その上で各教員が担当する学習者の人数を削減し、個々の学習者が質の高い外国語指導を受けることができるようにすることが最も重要である。そのための方策として、行政が学級定数の削減こそを最優先の課題として取り組むことを要望する。教員定数増による「クラスサイズ」の縮小に手を付けずに、「外部」依存のみで外国語(英語)教育を変えようとしても無理である。無駄である。
 これに先だって、「第二次教育振興基本計画について」(2013年6月閣議決定、以下「基本計画」)は「基本施策1確かな学力を身に付けるための教育内容・方法の拡充」を掲げ、【主な取組】1-1で「(前略)外国語教育の充実のため、指導体制・教材等の整備や効果的な指導方法に係る情報の収集・提供などの支援に取り組む(後略)」と述べている。そして、「基本施策25」では「『義務教育諸学校における新たな教材整備計画』に基づく計画的な教材の整備や観察・実験、実習等の教育活動を充実させるための施設・設備の整備、協働型・双方向型の授業革新や校務能率化に向けたICT環境の整備(中略)を図る」としている。私たちは外国語科が「実技教科」の側面を持つと認識している。「外国語教育」を充実させるためには、「基本施策25」で述べているように、国による十分な財政措置を含む環境整備をすべきである。ただし、「五つの提言」が「ICT予算に係る地方財政措置を積極的に活用し、学校の英語授業におけるICT環境を整備」としている点は誠に遺憾である。
 なお、「実施計画」が「外国語教育」ではなく、「英語教育」としている点は当然ながら甚だ遺憾である。
 付言すれば、小中高等学校における新しい教育課程は始まったばかりである。その詳しい検証なしに、次の教育課程を検討したことは言語道断である。外国語教育の素人である人たちが的はずれの発言を繰り返し、影響を与えることは大いに遺憾である。また、「実施計画」を受けて、「英語教育の在り方に関する有識者会議」(以下「有識者会議」)が設置された。学校教育における特定の教科について目標設定の在り方をはじめ、具体的指導方法等に関する提言を目的とした検討会の類が設置されることは極めて異例のことである。しかも「グローバル化」と言いながら、外国語教育全般を対象とするのでなく、「英語」教育の指導方法等の改善という極めて限定された問題のみを審議対象とすることは、外国語教育を一層歪めるものであると言わざるを得ない。


Ⅲ.多様な外国語学習の保障について-「外国語」の科目-

 そもそも『学習指導要領』は教員のための一つの指針として位置づけ、その内容を概要にとどめ、教員や教科書その他の教材などを規制することのないようにすべきである。『学習指導要領』には、「総則」や各教科・科目の各学年の「目標」「内容」などに詳細な指示があるが、これはすべきではない。「五つの提言」は「学習指導要領では、小・中・高を通して1.各学校段階の学びを円滑に接続させる、2.『英語を使って何ができるようになるか』という観点から一貫した教育目標(4技能に係る具体的な指標の形式の目標を含む)を示す(資料参照)(具体的な学習到達目標は各学校が設定)」としている。それを受けて、「答申」も「領域別の目標を含む一貫した教育目標を学習指導要領に設定」と記している。「学習到達目標」の設定については上述のように一律に現場に持ち込むべきものではなく、各学校や教員に委ねるべきである。
 指導内容とその指導時期・指導方法についてはいくつかの考え方があり、これを特定せず、教員が自主性・創造性を生かすことができるようにすべきである。これは、『学習指導要領』を概要にとどめない限り実現が極めて困難である。なお、中央教育審議会の「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領の改善について(答申)」(2008年1月17日、以下「前答申」)は「各学校は、大綱的な基準であるこの学習指導要領に従い、地域や学校の実態、子どもたちの心身の発達の段階や特性を十分考慮して適切な教育課程を編成し、創意工夫を生かした特色ある教育活動が展開可能な裁量と責任を有している」と述べている。大いに「現場重視」であるべきである。さらに、教育再生実行会議が「第七次提言 これからの時代に求められる資質・能力と、それを培う教育、教師の在り方について」で「国は、学習指導要領の改訂の検討に当たり、加速する社会の変化に合わせて、学校現場が適時に教育の在り方を見直し、地域の特色や新たな発想に基づく創意に富んだ教育活動を展開できるようにする観点から、指導方法を画一的、限定的に定めることとならないよう、地方公共団体や学校への示し方を工夫する」と述べている。今回、「答申」が「学習指導要領等は、教育の内容及び方法についての必要かつ合理的な事項を示す大綱的基準」と記述している。これらに私たちは賛成の立場である。
 ところが、「答申」は「学習指導要領等の枠組みの見直し」で「教育課程全体や各教科等の学びを通じて『何ができるようになるのか』という観点から、育成を目指す資質・能力を整理する必要がある。その上で、整理された資質・能力を育成するために『何を学ぶか』という、必要な指導内容等を検討し、その内容を『どのように学ぶか』という、子供たちの具体的な学びの姿を考えながら構成していく必要がある」として、「カリキュラム・マネジメント」、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」を取り入れている。従来に増して、「縛り」を強めている。一方、「指導法を一定の型にはめ、教育の質の改善のための取組が、狭い意味での授業の方法や技術の改善に終始するのではないかといった懸念」にも触れている。ところが後述のように、中学校や高等学校において特定の「指導方法」を強制している。誠に遺憾なことである。


Ⅳ.多様な外国語学習の保障について-「外国語」の科目-

1.公教育は、必修教科「外国語」において「英語一辺倒」の外国語教育から脱却し、多様な外国語の学習を保障すべきであること。

 2002年の『中学校学習指導要領』改訂で「外国語」が必修教科となった。引き続き「外国語科においては、英語を履修させることを原則とする」と規定された。今回、『小学校学習指導要領』でも「外国語活動においては、(中略)英語を取り扱うことを原則とする」、「外国語科においては、英語を履修させることを原則とする」と記述された。これは誤りであり、その誤った規定を「既成事実」化しようとしていることは、誠に遺憾である。
 私たちは、2001年度の大会において、学校教育、なかでも初等中等教育において行われるべき言語教育の目的について話し合った。その結果、本「意見」23頁の資料「言語教育・外国語教育に関する私たちの見解」の内容について共通の認識をもっていることを確認し、公表した。現在に至るまで、大会を開催するたびに、これが共通の認識であることを確認した上で議論している。
 以前の『中学校学習指導要領』において「外国語」が「英語」「ドイツ語」「フランス語」「その他の外国語」という科目によって構成されていたものが、いかなる理由によって「英語」に限られなければならないのであろうか。「前答申」は「小学校段階における外国語活動」の中で、「アジア圏においても国際的な共通語としては英語が使われていることなど、国際的な汎用性の高さを踏まえれば、中学校における外国語は英語を履修することが原則とされているのと同様、小学校における外国語活動においても、英語活動を原則とすることが適当と考えられる。なお、小学校段階においては、幅広い言語に触れることが国際感覚の基盤を培うことに資するものと考えられることから、英語を原則としつつも、他の言語にも触れるように配慮することが望ましい」としている。「他の言語にも触れるように配慮することが望ましい」としながらも、上記のような狭い考え方で、全国民に中学校段階も含めて「外国語」として「英語」しか学習させないというのは誤りである。
 中学校段階で「外国語」を学ぶことの意義は大きい。母語以外の言語の存在を知り、その言語を用いて日常生活を営んでいる人々の文化をその言語を通じて理解し、また、その言語を実際に使用することによってさらに理解を深める、ということにより学習者の視野は実に広く豊かなものになる。これは他の教科には期待できない教育効果である。そして重要なのは、この期待される教育効果は「英語」でなければ達成できないものではなく、どの外国語によっても等しく達成可能であるということである。
 そのような中で「実施計画」が公表された。「グローバル化に対応した」と言いながら、その他の言語の教育に関しては、一切言及がない。さらに、「五つの提言」は「現在、学校教育で学ぶ児童生徒が卒業後に活躍するであろう2050(平成62)年頃には、我が国は、多文化・多言語・多民族の人たちが、協調と競争する国際的な環境の中にあることが予想され、そうした中で、国民一人一人が、様々な社会的・職業的な場面において、外国語を用いたコミュニケーションを行う機会が格段に増えることが想定される」と述べている。ぜひとも、多様な外国語学習を保障すべきである。「論点整理」も「新興国をはじめとする非英語圏の国々とのつながりも重要性を一層増しており、英語以外の外国語についても、引き続き専門的な検討を行うことが求められる」と記している。さらに、「答申」は「グローバル化が進展する中、日本の子供たちや若者に多様な外国語を学ぶ機会を提供することは、言語やその背景にある文化の多様性を尊重することにつながるため、英語以外の外国語教育の必要性を更に明確にする必要がある」と述べている。ぜひとも以前の『中学校学習指導要領』にあるような記述を強く望む。なお、2014年12月25日に公表された「東京都長期ビジョン」には、「都立高校において、英語以外の外国語(中・仏・独・韓・西・露・伊)選択科目の拡大や異文化交流等を行う外国語部活動を推進するなど、多様な言語を学べる環境を充実し、国際社会で活躍する資質を高めていく」とあるが、公教育は多様な外国語の学習を保障すべきである。

2.「英語」以外の外国語の扱いを改めること。

 「英語」以外の外国語については、『中学校学習指導要領』は「英語」の指示の次に「その他の外国語」として「その他の外国語については、英語の1に示す五つの領域別の目標、2に示す内容及び3に示す指導計画の作成と内容の取扱いに準じて指導を行うものとする」という指示があるのみである。また、現行『高等学校学習指導要領』は「第8節 その他の外国語に関する科目」として「その他の外国語に関する科目については、第1から第7まで及び第3款に示す英語に関する各科目の目標及び内容等に準じて行うものとする」としている。しかし、個々の言語はそれぞれの特性を持つものであり、「英語」に関する指示が必ずしも他の言語に適用できるというものではない。
 以前の『中学校学習指導要領』は「英語」に関する指示の次に「ドイツ語」「フランス語」に関する指示があり、次に「その他の外国語」について「英語、ドイツ語及びフランス語の各学年の目標及び内容に準じて行う」との指示がある。これと比較しても、「その他の外国語」に関する指示は「英語を履修させることを原則とする」と規定することとも相まって、英語以外の外国語を軽視しているとしか考えられない。一つ一つの言語にはそれぞれ固有の特徴があり、それこそが学ぶべきものである。
 また、現行『高等学校学習指導要領』の「第1章 総則 第2款 各教科・科目及び単位数等 2 各学科に共通する各教科・科目及び総合的な学習の時間並びに標準単位数」にある表の教科「外国語」の科目に、「英語に関する科目」しかないのも問題である。例えば、「中国語」「朝鮮・韓国語」「フランス語」「ドイツ語」「スペイン語」「ロシア語」「イタリア語」「ポルトガル語」「その他の外国語」などと併記すべきである。


Ⅴ.「外国語」の「目標」について

 私たちは、外国語教育の目標を定めるに当たっては、外国語教育の改善のために、以前から次のように主張してきた(巻末資料参照)。
  1. (1) 外国語教育が言語教育の一環を担わなければならないこと。
  2. (2) 外国語教育が人間相互の理解の教育、ひいては国際理解の教育において、重要な役割を果たさなければならないこと。
  3. (3) 上記(1)および(2)は、当該外国語を、実際に体験することによって初めて実現できること。

 私たちは、以前から提言において「21世紀を展望するとき、人間が人間らしく生きられるよう、国際社会の普遍的目標を明確にし、世界の人々と連帯・協力して、この目標の実現に向けて考えかつ行動する人間を育成する教育の推進を強調すること」を求めてきた。
 しかし、新『学習指導要領』では、以前の『学習指導要領』の目標にあった「国際理解を培う(深める)」ということが目標に掲げられていたが、それが現行『学習指導要領』に示されていないのと同様、新『学習指導要領』でも示されていない。さらに、表現は変わったが、相変わらず「コミュニケーションを図る資質・能力を(中略)育成することを目指す」となっている。これでは外国語教育が「コミュニケーションの道具」としての外国語の教育に限定されることは必定である。私たちは、外国語教育の目標については上記の(1)~(3)を明確にすべきであると主張してきたが、その真実性は変わらない。新『学習指導要領』の「目標」ではこうした外国語教育を実現することは難しい。再考を望む。
 さらに言えば、「答申」が「他者とコミュニケーションを行う力を育成する観点から、社会や世界との関わりの中で、外国語やその背景にある文化の多様性を尊重」と記しているが同感であり、これは『学習指導要領』の「外国語」の「目標」に反映されなければならないと考える。


Ⅵ.『小学校学習指導要領』(第2章 第10節 外国語科
及び 第4章 外国語活動)について

 新『学習指導要領』は、「第2章 各教科 第10節 外国語科」において小学校第5・6学年に教科としての外国語科を導入することとし、「第4章」において第3・4学年に「外国語活動」を導入するとしている。中学年の「外国語活動」は「コミュニケーションを図る素地」を作るというのであるから、従来の「外国語活動」を2年早くから実施するということになる。私たちは高学年で行ってきた「外国語活動」の問題点を以下(「第1に」~「第4に」)のように指摘してきたが、何ら解決されていないばかりか、「早期化」によって問題が拡大する可能性が増すと言わざるを得ない。母語を十分に身につけたとは言えない中学年に相応しい内容にするという配慮もなされていない。
 また、高学年に新たに導入する「外国語科」は、「外国語による聞くこと、読むこと、話すこと、書くことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る基礎」と位置づけたことからも従来の中学校の内容の一部が入っていることが明らかである。後述するように「中学校の英語の前倒し」になっていることは重大な問題である。
 前述したように、「外国語科においては、英語を履修させることを原則とすること」としたことは遺憾である。「外国語活動」についても同様の記述があるのは大きな問題である。
 私たちは1985年度の大会以来、小学校の「外国語教育」を含む「国際理解教育」についての論議を続け、一貫して小学校教育課程に「外国語」を位置づけることについて反対してきた。それは、私たちが初等教育段階における外国語教育は国際理解の推進を基本とする次のような教育でなければならないと考えてきたからである。
  1. (1)生活習慣や考え方の異なる人々と積極的に触れ合い、理解しようとする態度を育てることを目標とすること。
  2. (2)様々な文化・言語に接する機会をつくること。
  3. (3)様々な人々と実際に触れ合う機会を持てるようにすること。
  4. (4)様々な言語を使ってコミュニケーションを行う喜びを実感できるようにすること。

 しかしながら、『学習指導要領』における「外国語活動」は、このような趣旨と合致しない問題点を多く含んでおり、実施に反対してきたのである。
 第1に、「外国語活動」が、英語偏重であり、さらには英会話やゲームに終始しがちな点である。本来は、母語や国際理解との関連を総合的にとらえ、子どもの発達に貢献する外国語教育を構想するべきである。私たちは『小学校学習指導要領』に「外国語」を導入することは反対である。
 第2に、英語の免許や必要な知識を持っていない担任や、英語は話せるが外国語教育の知識を持たないALTが教えていることが問題である。担任は英語に自信が持てないために十分な指導ができず、ALTは英語に興味が持てない子どもたちへの対応に苦慮している現状がある。
 第3に、担任やALTが自信を持って指導案を作成できない現状がある。中学校での学習内容も視野に入れつつ、十分な研究・研修が必要であるにもかかわらず、多忙のためにそのための時間が取れない。
 第4に、小学校の現場からは「現在の『外国語活動』でも、塾に通っている子どもとそうでない子どもの格差が広がっている」「新しい学習内容が多い3年生から『外国語活動』を始めれば、落ちこぼれが多くなる」との指摘がある。
 このような現状を踏まえれば、現在の「外国語活動」の検証も行わないままの「早期化」・「教科化」は言語道断であり、反対である。
 本大会では、全国の小学校の管理職・担任・ALT等への調査結果を研究し、現場での実践報告と討論を行った。また文部科学省の「平成26年度小学校外国語活動実施状況調査」が各校8名程度の抽出調査であり、全児童の声を反映しているか疑問であるとの指摘があった。
 また、「第1章 総則」は「各教科等の特質に応じ、10分から15分程度の短い時間を活用して特定の教科等の指導を行う」ことによって「年間授業時数に含める」としているが、現場からは、現在でも満杯の時間割に英語を2時間加えるのはそもそも無理があること、モジュールで行うとすればALTなどを組み込むことが不可能で担任だけで行わざるをえないという重大な問題点が指摘された。そうした中で、文部科学省は「小中学校学習指導要領等の改訂に関する移行措置並びに移行期間中における学習指導等について」通知(2017年7月7日)し、従来否定してきた「総合的な学習の時間」を一部振り替えて活用することを可能とした。「主体的・対話的で深い学び」を掲げておきながら、本来それを目標としてきた「総合的な学習の時間」を削るという矛盾が露呈している。誠に遺憾である。また、移行期間においては、小学生の年齢にふさわしい学習内容・カリキュラムを研究する必要があり、現場任せにしないよう要望する。
 小学校に「外国語」を導入するとなれば、小学生の発達段階に相応しい教科内容を構想することが不可欠である。「第1 目標」には「外国語の音声や文字、文構造、言語の働きなどについて、日本語と外国語の違いに気付き、…」とあり、「五つの提言」を受けて、この「気付き」を加えたことは評価する。なぜなら、母語を習得した発達段階で、他の言語を学習することにより、諸言語の相対化が可能となり、それによって言語の優れた使用者となり、国際理解の基礎が培われると考えるからである。
 しかしながら、「英語 2 内容」においては600~700語程度の語、平叙文、命令文、疑問文、疑問詞で始まる疑問文、動名詞や過去形の基本的なもの、文構造など、従来中学校の内容であったものをそのまま「前倒し」したに過ぎないものが並ぶ。また「言語の使用場面・働きの例」などが、中学校からそのまま持ち込まれている。これでは小学生の学習内容に相応しいものとは考えられず、遺憾である。
 以上のことを前提とした上で、私たちは、小学校で「外国語教育」を実施するのであれば、少なくとも以下の内容を実現するよう、提言する。
  1. (1)小学校における外国語教育の導入の意義と目標を明確にすること。その際、他教科の学習を含めた子どもの発達を考慮すること、特に小学校における母語教育との関連を明らかにし、双方の豊かな展開を可能にすること。
  2. (2)担当教員の十分な研修、長期的視野に立った教員養成やクラスサイズの縮小に対して、人的・財政的配慮が必要である。当面の対策として、早急に専科教員を養成し、各学校に配置すること。そのための予算を措置すること。また、教員が国内外での研修を行えるように、財政的・時間的保障を行うこと。教員養成ができないのなら、「教科化」を行わないこと。
  3. (3)教科書の内容については、教科の内容の研究が不十分であることを踏まえ、多様性を十分に認めること。また教科書を含め、教材の選択や採用については現場の裁量に任せること。現行の"Hi, Friends!"のような教材はあくまで参考教材として位置づけ、教材が自由に使えるように、人的・財政的保障をすること。なおカリキュラム開発、教材作成については、民間教育研究団体との協力を行うこと。
  4. (4)「ネイティブ・スピーカーや英語が堪能な地域人材など」は、現場が必要とするところに配置し、強制しないこと。その際、劣悪な雇用条件になりがちな民間委託でなく、打ち合わせも行える直接雇用を国が財政的に保障すること。
  5. (5)中学校との連携を十分に考慮し、小学校・中学校・高等学校・大学を見通した外国語教育のあり方を明らかにすること。
  6. (6)中学校等への入学者選抜等では、小学校現場の多様な実態を踏まえること。
  7. (7)教員採用試験において、「外国語活動」の内容を過度に重視しないこと。



Ⅶ.『中学校学習指導要領』(第2章 第9節 外国語科)について

1.「授業は英語で行うことを基本とする」について

 今回、「第2章 各教科 第9節 外国語」(以下「外国語」)は、「3 (1) エ」において、「授業は英語で行うことを基本とする」という「指導方法」に関する特定の言及が行われたことは誠に遺憾である。すでに、「実施計画」や「五つの提言」が中学校でも「授業は英語で行うことを基本」という「指導方法」に関する特定の言及をしていることは到底容認できるものではないことは度々指摘してきた。「五つの提言」には「生徒が英語に触れる機会を充実し、中学校の学びを高等学校へ円滑につなげる観点から、中学校においても、生徒の理解の程度に応じて、授業は英語で行うことを基本とする」とある。現在、高等学校でもやっと学年進行で第3学年まで実施されたばかりであり、まだまだその検証さえままならないのが現状である。『中学校学習指導要領解説 外国語編』には「小学校の外国語活動における教師や児童の豊富な英語使用の実態や、それを経験した児童の英語が使えるようになりたいという学習意欲の高さ」との記述があるが、これが本当に現状を反映したものか、甚だ疑問である。指導内容とその指導時期・指導方法については様々な考え方があり、これを特定せず、教員が自主性・創造性を生かすことができるようにすべきである。これは、『学習指導要領』を概要にとどめない限り実現が極めて困難である。
 以上のことを最初に述べておきたい。

2.「外国語」の授業時数について

 外国語の授業時数は、現行『学習指導要領』で各学年年間140時間(「週当り4時間」)となった。一定の評価をするものである。
 外国語の授業時数について、私たちはかねてより、「中学校における『外国語』の授業時数は、各学年年間『最低140時間』と規定し、週当たり最低4時間を確保すること」を求めてきた。「外国語」の授業は十分な授業時数を確保して、「コミュニケーションができる」ようにすべきである。そのためには、中学校における「外国語」の授業時数は各学年年間「最低140時間」と規定し、週当り「最低4時間」を確保すべきである。「週当たり最低4時間」というのは、たとえば、時間割の上では毎週5時間とし、学校行事等により授業が行えなくなる分を差し引いても週当たり「最低4時間」が保証されるようにする、ということである。1単位時間が50分であるとすれば週当たり200分の外国語授業を実現すべきであるということである。
 そもそも、文部省が1947年3月に発表した『学習指導要領・英語編』は、その5章で次のように述べている。

 「英語の学習においては、一時に多くを学ぶよりも、少しずつ規則正しく学ぶほうが効果がある。それで毎日1時間1週6時間が英語学習の理想的な時数であり、1週4時間以下では効果は極めて減る。」

 なお、後述するように、この授業時数増を「非正規教員」の増員で実施しているため、「『3+1』時間」等で行われているとの報告もある。
 文部科学省の調査によれば、「中高一貫教育校」は2013年4月現在450校となり増加の一方である。その中で、外国語教育(英語教育)が特色の一つにうたわれ、その教育課程については「学校教育法施行規則」等で特例が認められている。一方、「教育課程特例校制度」等は『学習指導要領』によらない教育課程の編成・実施が可能である。その結果、学校によって外国語の授業時数が異なっており、一般の国公立中学校の生徒が不利益をこうむっている。

3.「外国語」の「目標」及び「内容」等について

 今回、CEFRを受けて、「五つの領域別に設定する目標」となったことは、前述のように誠に遺憾である。それに基づいて、「内容」等の記述がなされていることを、まず指摘しておきたい。加えて、そのために、今までの「4技能」を「五つの領域」にしたことには納得がいかない。

 (1) 「言語活動」「言語材料」等において特定の指定や指示を行わないこと。
 先にも述べたが、私たちは「『学習指導要領』を教員のための一つの指針として位置づけ、その内容は概要にとどめ、教員や教科書その他の教材などを規制することのないようにすべきである」ことが正しい『学習指導要領』のあり方であり、詳細な指定が行われると実態に応じた教育を実現することが甚だしく困難であると認識している。
 特に外国語教育においては、言語材料である文・文型・文法事項等の配列、学習すべき語彙また言語活動について、様々な考え方・指導方法があり、その特性を生かすためには、『中学校学習指導要領』において、言語活動・言語材料等の詳細な指定を行うべきではない。なお、すでに言及したように、今回の改訂で今まで中学校にあった言語材料の一部が『小学校学習指導要領』に「前倒し」された。ただし、言語材料を初級用と上級用に区分するような知見は、現段階までの英語教育の研究成果から得られていない。また、授業時数が変わらないにもかかわらず、「ワーキンググループ」等での議論がないままに、事実上「言語材料」が増加したことは、誠に遺憾である。
  ア)「① 言語活動に関する事項」を見直すこと。
 いわゆる4技能の指導のあり方の指示については、様々な考え方・主張があり、これを一律に一つの手順に統一することはできない。例えば、「話すこと」に「関心のある事柄について、簡単な語句や文を用いて即興で伝え合う(話す)ことができるようにする」とある。すべての教科書が取り上げざるを得ない状況を生むことになる。同じ「外国語」の目標を達成するための様々な指導内容、指導方法、指導時期等を教員が創意工夫に基づいて採用することが困難になる。各学校において「評価規準」・「評価基準」の作成が求められている今日、限られた時間を有効に活用できるように、指導内容、指導方法、指導時期等は全面的に現場の教員に委ねるべきである。また、「CAN-DOリスト」推進の中で一律に「学習到達目標」として設定せざるを得ない状況を生むことになる。現場の教員に委ねるべきである。
 さらに、「実施計画」や「五つの提言」で「身近な話題についての理解や表現、簡単な情報交換ができるコミュニケーション能力を養う」との言及がある。「身近な話題についての理解や表現、簡単な情報交換ができる」ことがどれほど難しいかは、多くの人が経験し、実感していることである。今回、中学校では『小学校学習指導要領』を受けて、「日常的な話題」となったが同様である。中学校段階でこのことを求めるのは不可能である。再考を促したい。

  イ)「② 言語の働きに関する事項」を削除すること。

 「言語活動」について再度「ア 言語の使用場面の例」や「イ 言語の働きの例」に様々なものが明示されているが、これは学校や生徒の実態に応じて教員が創意工夫によって多様な言語活動を実践することを阻害する恐れが大きい。また、横ならびにある『小学校学習指導要領』や現行『高等学校学習指導要領』も同様である。今回の改訂では、さらに詳しく、かつ細かい記述がされたが、ぜひとも止めていただきたい。

  ウ)「3(1) イ 学年ごとの目標」について。

 「3 指導計画の作成と内容の取扱い」に「(1) イ 学年ごとに目標を適切に定め、3学年間を通じて外国語科の目標の実現を図るようにすること」とあることは評価する。しかし、『小学校学習指導要領』で「目標」が「素地」「基礎」と「前倒し」になったことを考え合わせると、現行『学習指導要領』の「第1学年における言語活動」で「小学校における外国語活動を通じて音声面を中心としたコミュニケーションに対する積極的な態度などの一定の素地が育成されることを踏まえ」とあり、かつ「実施計画」も言及している「一定の素地」など育成されていない。むしろ、現に中学校入学段階で外国語(英語)嫌いが増えている。(従来は少なくとも90%の者が英語学習への期待を持っていた。)小学校で「教科化」が導入されると、ますますこの傾向が強まる可能性がある。今回、このことを強く指摘しておきたい。

  エ)「[知識及び技能] ウ 語、連語及び慣用表現」を削除すること。

 現行『学習指導要領』で「別表1」が削除されたことを高く評価する。語数の指示も廃止すべきである。語数については、1951年版では1200~2300語であったものが、少しずつ削減された。現行『学習指導要領』では「1200語程度まで」と改訂前より300語増えた。今回、「小学校で学習した語に1600~1800語程度の新語を加えた語」となった。授業時数が変更されないままでの増加である。配慮すべきであった。なお、学習すべき語彙については、様々な考え方・指導方法・指導時期等があり、これを特定せず、教員が自主性・創造性を生かすことができるようにすべきである。『中学校学習指導要領解説 外国語編』には「受容語彙と発信語彙は一律には規定されないという点にも留意すべきである」との記述がある。これが広く一般に理解され、教科書が規制されないことを望む。
 また、『学習指導要領』にある「連語」「慣用表現」については、何をもって「連語」「慣用表現」とするか定説がない。「連語」「慣用表現」に関する指示は削除すべきである。

  オ)「[知識及び技能] エ 文、文構造及び文法事項」及び「指導計画の作成と内容の取扱い」について

 現行『学習指導要領』で削除されて、高く評価した「基本的なもの」や「理解の段階にとどめること」の記述が「平易なものから難しいものへと段階的に指導すること。また、生徒の発達の段階に応じて、聞いたり読んだりすることを通して意味を理解できるように指導すべき事項と、話したり書いたりして表現できるように指導すべき事項とがあることに留意すること」の記述が復活したことは誠に遺憾である。加えて、言語材料が、中学校において扱う言語材料と高等学校において扱う言語材料の2つに分けられていることについては、私たちは必ずしも納得しているものでないことを述べておきたい。言語材料を初級用と上級用に区分するような知見は、現段階までの英語教育の研究成果から見られない。

  カ)辞書指導に関する指示「3 (2)オ」を削除すること。

 『学習指導要領』は「3 (2)オ」において「辞書の使い方に慣れ、活用できるようにすること」と指示している。「初歩的な」や「必要に応じて」も削除された。さらに『中学校学習指導要領解説 外国語編』は「効果的な辞書活用を促すことは、主体的で自律的な学習者の育成の観点からも、大切な要素である」と述べ、ますます辞書指導を必ずしなければならない記述になっている。辞書指導に関しても、教員がその指導方法により適切な時期に行うものであり、特段の指示は不要である。

  ク)指導計画の作成や授業の実施に関する指示「3 (1)キ」を削除すること。

 『学習指導要領』は「3 (1)キ」において「ネイティブ・スピーカーや英語が堪能な地域人材などの協力を得る等」と指示している。現場の意向を尊重し、後述する理由で削除すべきである。

  ケ)学習形態に関する指示「3 (2)カ」のうち「ペアワーク、グループワークなどの学習形態を適宜工夫すること」という指示を削除すること。

 『学習指導要領』は「3 (2)カ」において「ペアワーク、グループワークなどの学習形態を適宜工夫すること」と指示している。実質的にはペアワークやグループワークを取り入れないわけには行かない状況が生じる。よって、教員の他の創意工夫が制限される危惧がある。

  コ)教材に関する指示「3 (3)イ」を削除すること。

 私たちは1987年の「要望書」において、「題材および題材の形式については、『教える英語の内容によって適切に選択されなければならない』旨の指示にとどめること。したがって、題材および題材の形式について、特段の指示を行わないこと。」と要望した。
 『学習指導要領』「英語」の「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の(3)に「英語を使用している人々を中心とする世界の人々や日本人の日常生活、風俗習慣、物語、地理、歴史、伝統文化、自然科学などに関するもの」と記されている。今回、「観点」の記述では「我が国」が「英語」(現行は「外国」)よりも先に述べられている。これは「前答申」の「改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂」を受け、加えて、「答申」の「日本人として大切にしてきた文化を積極的に享受し、我が国の伝統や文化を語り継承していけるようにすること」を受けたと考えられる。加えて、「実施計画」には「日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実(伝統文化・歴史の重視等)」の記述がある。『学習指導要領』では、教材について指示は行うべきでない。これらによって、「教科用図書検定基準」にも強い影響を与える危惧があるからである。

4.小学校における「ローマ字」の指導が外国語教育に及ぼす影響に鑑み、「国語」と「外国語」が連携して「ローマ字」の指導について検討すること。

 新『小学校学習指導要領』の「国語」の[第3学年及び第4学年]の[知識及び技能]の(1)のウは「第3学年においては、日常使われている簡単な単語について、ローマ字で表記されたものを読み、ローマ字で書くこと」と述べている。しかし、現実に、たとえば英語の学習においてローマ字表記の日本語とローマ字表記の英語を同一視する誤解が生じており、この問題の外国語教育に及ぼす影響は見逃せない。現に、世界には英語で用いられるアルファベットと異なる文字体系を持つ言語も多数存在しており、「外国語教育」における「音声学習」「文字学習」の観点から、「ローマ字」等の文字の指導に関する大局的・抜本的改善が必要である。なお、今回の大会では小学校に「教科化」が導入されるに当り、「ローマ字」の指導について議論がなされたことを記しておく。


Ⅷ.現行『高等学校学習指導要領』(第2章 第8節 外国語
及び 第3章 第13節 英語)について

1.「答申」について

 「答申」は高等学校「外国語」の科目構成を見直した。科目構成は現行『高等学校学習指導要領』の改訂で変わったばかりであるのに、「コミュニケーション英語」を「英語コミュニケーション」に変更するのは全く無意味である。「五つの領域を総合的に扱う科目」を理由に挙げているが、今までの「英語Ⅰ」や「コミュニケーション英語Ⅰ」などは「総合英語」ではなかったのだろうか。また、「発信能力の育成を更に強化するための科目として」、「論理・表現」を設定する。名称だけでは内容不明な科目さえできそうである。これも「英語表現」はそうではなかったのか。それよりも、以下に述べるようなことを踏まえて改訂に臨んでいただきたい。

2.「授業は英語で行うことを基本とする」について

 現行『高等学校学習指導要領』の「第2章 各学科に共通する各教科 第8節 外国語」(以下「外国語」)及び「第3章 主として専門学科において開設される各教科 第13節 英語」(以下「英語」)は、それぞれ「第3款」において、「授業は英語で行うことを基本とする」という「指導方法」に関する特定の言及が行われたことは到底容認できるものではない。指導内容とその指導時期・指導方法については様々な考え方があり、これを特定せず、教員が自主性・創造性を生かすことができるようにすべきである。これは、『学習指導要領』を概要にとどめない限り実現が極めて困難である。また、「実施計画」や「五つの提言」では「授業を英語で行うとともに、言語活動を高度化(発表、討論、交渉等)」が加わった。さらに、「五つの提言」では「幅広い話題について発表・討論・交渉などを行う言語活動を豊富に体験し、情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を高める」とも言及している。学年進行で第3学年まで実施されたばかりであり、その検証もままならないまま、言及がなされたことは言語道断である。なお、「答申」は「中学校で学んだことを実際のコミュニケーションにおいて運用する力を十分に身に付けていないといった課題のある生徒も含めた生徒の多様性を踏まえ、外国語で授業を行うことを基本とする科目を見直す必要がある」と述べている。意味不明な文であるが、基礎的な力が身に付いていない生徒にまで英語で授業を行う必要はないという趣旨かと推察される。「指導方法」まで言及したことの誤りを認め、今回、中学校でも同様の規定をしたことを撤回すべきである。
 以上のことを述べておきたい。
 また、文部科学省は「スーパーグローバルハイスクール」を指定している。特定の高校を優遇することによって、一般の高校生が不利益をこうむろうとしている。むしろ全ての学校において十分な学力を保証すべきである。

3.「外国語」の科目について

 現行『高等学校学習指導要領』の「外国語」の科目構成は「コミュニケーション英語基礎」「コミュニケーション英語Ⅰ」「コミュニケーション英語Ⅱ」「コミュニケーション英語Ⅲ」「英語表現Ⅰ」「英語表現Ⅱ」「英語会話」である。「コミュニケーション」という名称が科目名に入った。「目標」によれば、「コミュニケーション」とは「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする」ことであり、言語学習の根本である。「4技能を総合的に育成することをねらい」とした科目名にあえて「コミュニケーション」を入れるべきではない。次の改訂では再考を強く望む。
 高等学校における「外国語」の科目は、学年進行を考慮し、例えば「英語Ⅰ」「英語Ⅱ」「英語Ⅲ」「中国語Ⅰ」「中国語Ⅱ」「中国語Ⅲ」「朝鮮・韓国語Ⅰ」「朝鮮・韓国語Ⅱ」「朝鮮・韓国語Ⅲ」「フランス語Ⅰ」「フランス語Ⅱ」「フランス語Ⅲ」「ドイツ語Ⅰ」「ドイツ語Ⅱ」「ドイツ語Ⅲ」「スペイン語Ⅰ」「スペイン語Ⅱ」「スペイン語Ⅲ」「ロシア語Ⅰ」「ロシア語Ⅱ」「ロシア語Ⅲ」「イタリア語Ⅰ」「イタリア語Ⅱ」「イタリア語Ⅲ」「ポルトガル語Ⅰ」「ポルトガル語Ⅱ」「ポルトガル語Ⅲ」「その他の外国語Ⅰ」「その他の外国語Ⅱ」「その他の外国語Ⅲ」とすべきである。
 文部科学省は、「外国語教育強化地域拠点事業」を再開したが、特定の地域・学校のみで多様化を進めるのでなく、全国的にあまねく多様化を推進し、すべての生徒が多様な言語を学習することができるようにすべきである。
 現行 『学習指導要領』ではなぜ「外国語」の科目が「コミュニケーション英語基礎」をはじめとする7科目なのか理解できない。「外国語」の科目とする言語には英語しかないのであろうか。「外国語」を構成する科目を上記の通りにすべきである。そして、少なくとも「第1章 総則 第2款 各教科・科目及び単位数等」の「2 各学科に共通する各教科・科目及び総合的な学習の時間並びに標準単位数」の表に、「英語に関する各科目」に続いて、「その他の外国語に関する科目」を以前(1970年版)のように載せるべきである。
 「コミュニケーション英語Ⅰ」が「必履修教科・科目」とされたために、今までの『学習指導要領』では例えば「英語Ⅰ」「英語Ⅱ」の2科目で学習されていた「『文法事項』に掲げるすべての事項を『コミュニケーション英語Ⅰ』で取り扱うこと」になった。これは「高校生に最低限必要な知識・技能と教養の幅を確保する」(『高等学校学習指導要領解説 総則編』)とされているからである。そのために、教科書の編集を含め、学校現場に混乱を来している。次の改訂では現場に必要な教科書が編集され、実態に応じた教育を実現できるようにしてほしい。また、上記の「コミュニケーション英語基礎」は、『学習指導要領』の「総則 第5款 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべき事項」の「3 指導計画の作成に当たって配慮すべき事項 (3) ア 」として、「各教科・科目の指導に当たり、義務教育段階での学習内容の確実な定着を図るための学習機会を設けること」等が加えられたことによって、「外国語 第2款 各科目」に「第1 コミュニケーション英語基礎」が設けられた。この科目は生徒に差別感を抱かせ、望ましい効果は期待できない。学校教育においては、すべての生徒が必履修科目を共に学ぶ中で人格を陶冶していくのである。また、教員はそのために必要な研修・研究・工夫をする必要があり、それを可能にする体制を整えるべきである。なお、「答申」が「必履修科目(特に学習の初期段階)において、中学校の学び直しの要素を入れることとする」としたことは評価する。
 「前答申」は「外国語 (i)改善の基本方針」で「高等学校においては、中学校における学習の基礎の上に、聞いたことや読んだことを踏まえた上で、コミュニケーションの中で自らの考えなどについて内容的にまとまりのある発信ができるようにすることを目指し、『聞くこと』や『読むこと』と、『話すこと』や『書くこと』とを結び付け、四つの領域の言語活動の統合を図る」としている。「四つの領域の言語活動の統合を図る」と言いながら、「聞くこと」と「読むこと」を結びつけ、これとは別に「話すこと」と「書くこと」を結びつけたのはなぜであろうか。「英語表現Ⅰ」と「英語表現Ⅱ」は「話すこと」と「書くこと」を主とした科目である。また、現行『学習指導要領』の英語に関する各科目の内容にもそれが如実である。「四つの領域の言語活動の統合を図る」ためには、科目としては例えば「英語」「中国語」「朝鮮・韓国語」「フランス語」「ドイツ語」などを設置し、四つの領域の言語活動を総合的、有機的に関連させて指導すべきなのである。事実、高等学校段階ではそれが必要なことなのである。なお、今回の「答申」も「統合型の言語活動」に言及している。上述のように科目を設置して、指導すべきなのである。
 付言すれば、「コミュニケーション英語Ⅱ」の「2 内容 (2)」に「イ 論点や根拠などを明確にするとともに、文章の構成や図表との関連などを考えながら読んだり書いたりすること」「ウ 未知の語の意味を推測したり背景となる知識を活用したりしながら聞いたり読んだりすること」とあるが、それだけで今まで行われてきた「リーディング」の内容の代わりになるかどうか、はなはだ疑問である。新しい科目構成でも同様に疑念が生じる。
 また「英語会話」の「目標」に「身近な話題について会話する能力を養う」とある。さらに「内容」には「海外での生活に必要な基本的な表現を使って、会話する」とある。「海外での生活」で「身近な話題について会話する」ことがどれほど難しいかは、多くの人が経験し、実感していることである。後述の単位数から見ても、2単位では「生徒が情報や考えなどを理解したり伝えたりすることを実践するように具体的な言語の使用場面を設定して言語活動を英語で行う」ことは不可能である。
 「第1章 総則 第2款 3 主として専門学科において開設される各教科・科目」においても、教科名「英語」を「外国語」に改めるべきである。また、科目名は多様な言語に対応するものでなければならない。

4.「外国語」の科目の単位数について

 「英語Ⅰ」「中国語Ⅰ」「朝鮮・韓国語Ⅰ」「フランス語Ⅰ」「ドイツ語Ⅰ」などは4単位を最低とし、「英語Ⅱ」「英語Ⅲ」「中国語Ⅱ」「中国語Ⅲ」「朝鮮・韓国語Ⅱ」「朝鮮・韓国語Ⅲ」「フランス語Ⅱ」「フランス語Ⅲ」「ドイツ語Ⅱ」「ドイツ語Ⅲ」などは2~4単位とすべきである。

 高等学校で初めて履修する「外国語」の科目であることを前提とし、その基礎の定着を図るためには週4時間相当の授業が必要であり、各「Ⅰ」の科目は、上記の通り「4単位」を最低とすべきである。
 中学校で学習したことを深め、発展させることは必要なことであり、各高等学校はその実現に向け努力している。ところで、選択幅の拡充や必履修教科の増大などとも関連しているのであろうが、『学習指導要領』は2単位科目を多く設置している。しかし、こと外国語教育について言えばそれは無理である。日常性のない言語を学習しようというのであるから、2単位で理解・習得ができることはきわめて限定される。
 以前の「英語Ⅰ」や現行の「コミュニケーション英語Ⅰ」も3単位であったが、「英語コミュニケーションⅠ」も3単位である。その「内容」「内容の取扱い」で求められていることを実現するには3単位では無理である。まして、「2単位とすることができる」とは理解できない。
 外国語習得の特性に鑑み、高等学校段階であれば1年次で履修する「外国語」の各科目は最低4単位とすべきである。ただし、「英語Ⅱ」「英語Ⅲ」「中国語Ⅱ」「中国語Ⅲ」「朝鮮・韓国語Ⅱ」「朝鮮・韓国語Ⅲ」「フランス語Ⅱ」「フランス語Ⅲ」「ドイツ語Ⅱ」「ドイツ語Ⅲ」などは選択や履修の形態、各学校の特色等を考慮し、必ずしも4単位とはせず「2~4単位」とすることが妥当である。
 以上述べてきたことは、「英語」に関しても、同様に当てはまる。

5.「外国語」の「英語に関する各科目に共通する内容等」について

 私たちは「2.『外国語』の科目について」に述べたとおり、現行『学習指導要領』の「第2款 各科目」の科目」、また今回の「答申」の「高等学校の各学科に共通する教科・科目等及び標準単位数」を認めるものでない。しかし、現行 『学習指導要領』の「第3款 英語に関する各科目に共通する内容等」にある「内容等」に関する詳細な指示を行うことについて、以下個別に要望を述べる。

  ア)「英語に関する各科目の2の(1)に示す言語活動を行うに当たって」、「[言語の使用場面の例]」、「[言語の働きの例]」、「言語材料」の「ア 語、連語及び慣用表現」「イ 文構造」「ウ 文法事項」について、具体的指示を行わないこと。

 Ⅱでも述べたが、私たちは「『学習指導要領』を教員のための一つの指針として位置づけ、その内容は概要にとどめ、教員や教科書その他の教材などを規制することのないようにすべきである」ことが正しい『学習指導要領』のあり方であり、詳細な指定が行われると実態に応じた教育を実現することが甚だしく困難であると認識している。
 特に外国語教育においては、「言語活動」「非言語的なコミュニケーション手段」「言語材料-文構造・文法事項」「語」「連語及び慣用表現」などについて、様々な考え方・指導方法があり、その特性を生かすためには、言語活動・言語材料等の詳細な指定を行うべきではない。

  イ)[言語の使用場面の例]、[言語の働きの例]、「言語材料」を削除すること。

 「コミュニケーション英語基礎」をはじめとする「英語に関する各科目の2の(1)に示す言語活動を行うに当たって」、[言語の使用場面の例]、[言語の働きの例]、「言語材料」が事細かに指示されている。この指示により、実態を踏まえ創意工夫を生かした指導が困難となり、これは削除すべきである。同趣旨のことはその他の外国語にも当てはまる。
 特に、「言語活動」について、再び[言語の使用場面の例]や[言語の働きの例]に様々なものが明示されているが、これは学校や生徒の実態に応じて教員が創意工夫によって多様な言語活動を実践することを阻害する恐れが大きい。加えて、「実施計画」や「五つの提言」は「言語活動を高度化(発表、討論、交渉等)」に触れている。「言語活動」に関しては学校現場に委ねてほしい。次の改訂では、『小学校・中学校学習指導要領』と同様、さらに詳しく、かつ細かい記述をする方向で検討がなされているようであるが、ぜひとも止めていただきたい。
 語数については、現行『学習指導要領』では「高校卒業レベルで3000語」だったが、今回「高校で1800~2500語程度、高校卒業レベルで4000語~5000語」となった。高等学校においても、中学校同様、語数の指示は廃止すべきである。なお、中学校と同様に、「受容語彙と発信語彙は一律には規定されないという点にも留意すべきである」が広く一般に理解されることを望む。
 「連語及び慣用表現」についても、何をもって「連語」「慣用表現」とするか定説がない。今までの『学習指導要領』では「基本的なもの」とされていたものが、「運用度の高いもの」となった。そもそも「連語」「慣用表現」に関する指示は削除すべきである。
 現行『学習指導要領』では、『中学校学習指導要領』と同様「文型」が「文構造」に代わった。「文を『文型』という型によって分類するような指導に陥らないように配慮し、また、文の構造全体に目を向けることを意図」(『高等学校学習指導要領解説 外国語編 英語編』)とのことである。賛意を表する。さらに、「文法事項」についての細かい例示がなくなったことを歓迎する。
 なお、言語材料が、中学校において扱う言語材料と高等学校において扱う言語材料の2つに分けられていることについては、私たちは必ずしも納得しているものでないことを再度述べておきたい。言語材料を初級用と上級用に区分するような知見は、現段階までの英語教育の研究成果からは見られない。

  ウ)「文法」について

 現行『学習指導要領』では、『中学校学習指導要領』においてすでに指摘されている「用語や用法の区別などの指導が中心とならないよう配慮し、実際に活用できるよう指導すること」が初めて記述された。このことを歓迎する。

 以上述べてきた3点は、「英語」に関しても、同様に当てはまる。

6.「外国語」の「各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い」について

  ア)履修順序について規定しないこと。

 「第4款 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い 1」において、「(1) 『コミュニケーション英語Ⅱ』は『コミュニケーション英語Ⅰ』を履修した後に、『コミュニケーション英語Ⅲ』は『コミュニケーション英語Ⅱ』を履修した後に、履修させる」「(2) 『コミュニケーション英語基礎』を履修させる場合、『コミュニケーション英語Ⅰ』は『コミュニケーション英語基礎』を履修した後に履修させる」としている。次の『学習指導要領』でも同様に記述されることが予想される。 しかし、言語材料の難易度ひとつについても、見解はひとつではなく、『学習指導要領』がこうした内容を規定することは、教科書の編集、教員の工夫等において支障を来している。

  イ)「教材」について

 私たちは1987年の「要望書」において、「題材および題材の形式については、『教える英語の内容によって適切に選択されなければならない』旨の指示にとどめること。したがって、題材および題材の形式について特段の指示を行わないこと」と要望した。
 『学習指導要領』の「第4款 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い」の2(1)に「その外国語を日常使用している人々を中心とする世界の人々及び日本人の日常生活、風俗習慣、物語、地理、歴史、伝統文化や自然科学などに関するもの」と記されている。「伝統文化や自然科学」が追記された。これは「前答申」の「改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂」を受けたものである。加えて、「実施計画」には「日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実(伝統文化・歴史の重視等)」の記述がある。「答申」も「日本人として大切にしてきた文化を積極的に享受し、我が国の伝統や文化を語り継承していけるようにすること」としている。これによって、さらに指示が強化される危惧がある。『学習指導要領』では、教材について指示は行うべきでない。それは「教科用図書検定基準」にも強い影響を与える危惧があるからである。
 なお、今までの『学習指導要領』にあった「題材の形式」についての記述が削除されたことは上記の趣旨からして歓迎すべきことで、高く評価する。

  ウ)「音声・辞書」について

 「第4款 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い」の2(2)「音声指導に関する指示」、(3)「辞書指導に関する指示」を削除すること。
 「発音表記」とは何か、「辞書の活用」とはどういうことか不明確である。発音や辞書については、各学校での実践を踏まえて教員が創意工夫を生かした指導をすべきものである。
 なお、なぜ辞書指導と「生涯にわたって」の外国語学習とを関係づけるのか、疑問である。

  エ)「第4款 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い」の2(4)の「学習形態に関する指示」のうち、一部の指示を削除すること。

 『学習指導要領』は「第4款 2(4)」において「ペア・ワーク、グループ・ワークなどを適宜取り入れたり、視聴覚教材やコンピュータ、情報通信ネットワークなどを適宜指導に生かしたりすること」を求めているが、これによってかえって教員の創意工夫が制限される危険が大きい。また、言語学習の根本は、人と人とが向かい合って一緒に考え、情報などを伝えたり求めたり、理解したりすることにあるのであって、これは教育機器などで代替できるものではない。これらの指示は削除すべきである。

 以上述べてきた4点は、「英語」に関しても、同様に当てはまる。


Ⅸ.「外国語」授業のクラスサイズについて

 「外国語」の授業を行う場合、1クラスの生徒数の上限を15名とし、外国語教員の増員を含め、必要な措置を講ずること。

 「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」(2003年3月31日策定、以下「行動計画」)は「教職員定数改善計画の推進」に触れて、「英語など教科に応じて20人程度の少人数指導や習熟度別指導を行うことを可能とする教職員定数改善計画(平成13年度~)を推進し、きめ細かな指導を実現する」と述べている。ところが、文部科学省は2003年4月1日に「学級編制の一層の弾力化について」通知し、「三位一体改革」によって「地方丸投げ」としてしまった。文部科学省の調査によれば、2010年度にはすべての都道府県において何らかの「学級編制の弾力化」が行われている。しかし、「義務教育費国庫負担制度」の改悪と相まって、「教育格差」が生じ、教育の質の低下が生じてきている。大変遺憾なことに、「提言」や「基本計画」や「実施計画」さらに、「プラン」では外国語教育に関して一切「クラスサイズ」について言及していない。ただし、「五つの提言」は「改革5.学校における指導体制の充実」で「定数措置」について触れている。外国語教育の改善は「クラスサイズ」の縮小なしには考えられない。
 「公立義務教育諸学校の学級規模及び教職員配置の適正化に関する検討会議」は「少人数学級の推進など計画的な教職員定数の改善について~子どもと正面から向き合う教職員体制の整備~」(2012年9月6日)を報告したが、「地方の自主的な取組みを促進することを基本」と述べるのみで、状況は一向に変わっていない。さらに、「2014年度予算」の「教育再生の基盤である教職員等指導体制について、今後の少子化を踏まえつつ、様々な教育課題に対応するため、小学校英語の教科化やいじめ問題等に対応する教職員定数の配置改善を行う。併せて、メリハリのある教員給与体系の推進を図る」から一歩も進んでいない。問題の先送りであり、解決にはつながらない。その後、教育再生実行会議の第五次提言「今後の学制等の在り方について」(2014年7月3日、以下「第五次提言」)においても「課題解決・双方向型授業等にも対応した質の高い教育を実現するため、教職員配置の充実を図る」と提言されている。加えて、「教育再生の実行に向けた教職員等指導体制の在り方等に関する検討会議」は「教育関係団体や各地方自治体からも、国が教職員定数改善計画を策定して教職員定数の改善を進めることが非常に求められており、10か年で日本の教員数と児童生徒数の比率がOECD平均なみとなるために必要な規模(約3万人程度)の定数改善が必要である。これらのことから、教育の機会均等や水準確保の観点から、国の責任において計画的な教職員定数改善を行うことが今こそ求められている」と提言(2014年8月28日)している。ところが、財政制度等審議会は「教職員定数削減」を言い続けている。なお、「『第2期教育振興基本計画について』(2013年4月25日答申)」は「基本施策24」で「課題」として「ばらつきが生じており、国の責任において、少人数学級を推進することについて引き続き検討が必要である」と記している。すべての学校において、早急に少人数「学級」(30人学級)を実現すべきである。これを「地方分権」の名の下に各地方自治体に任せるのではなく、国による十分な財政措置を含む条件整備をすべきである。「様々な教育課題に対応するため」に、何よりも優先することが必要である。さらに、「公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律」が一部改正されて、「初任者研修のための基礎定数の新設」や「少人数指導等の推進のための基礎定数の新設」などが施行(2017年4月1日)されたが、甚だ不十分である。
 私たちはすべての学校の「外国語」授業について1クラスの生徒数の上限を15名とし、外国語教員の増員を含め、必要な措置を講ずることを長年求めてきた。十分な学力を保障できるようにするためには、クラスサイズを縮小し、十分な教員を配置し、必要な施設・設備を整え、言語使用の豊富な体験ができるようにすることが重要である。『小中高等学校学習指導要領 外国語活動、外国語、英語』は「コミュニケーション能力を養う」ために「言語活動を効果的に行う」ことを求め、詳細な指示・指定をしている。これを実現するには、1クラスの人数を減らし、一人ひとりの生徒が実際に「言語活動を効果的に行う」ことができるような条件を整えるべきである。外国語教育においては、その特性に鑑み、少人数学級編成が必須なのである。
 少人数指導は多くの学校で取り入れられている。少人数であるがゆえに、一人ひとりの生徒に目が届く、言語使用の体験が豊かになる等、利点も多い。利点を効果的に活かすには、少人数指導については、生徒の実態に合わせて担当教員が協議・工夫して学級編成を行う必要がある。少人数指導の打合せ時間を十分保障する、教具等を準備するための十分な財政的措置を講ずるなど、かなりの条件整備が求められる。
 一部で「2学級3展開」が事実上、強制的に実施されてきている。このような方法を一律に押しつけることには反対である。「2学級3展開」では、学級が解体するため、教員と生徒とのコミュニケーション、生徒同士のコミュニケーションが困難になり、「学級崩壊」につながった事例がある。また、教具が不足する、授業の工夫が活かされない、教員の負担が増える、などの問題点も多い。実施に当たっては、現場の意向を十分尊重し、慎重な対応をすべきである。多忙の中、せっかく「生活指導」上配慮してクラス分けをしても、何にもならないことになってしまう。問題行動の引き金になる。東京都教育委員会は2016年度より全中学校で「東京方式 少人数・習熟度指導ガイドライン 中学校英語」に基づく「2学級3展開」の少人数授業を実施した。これは上述の理由で大いに遺憾なことである。
 上述の「義務教育費国庫負担制度」の改悪により「非正規教員」の比率が増加していると報告されている。外国語教員は中学校の授業時数増もあり、持ち時間数が増加となった。以前の制度に戻すことによって、専任である「正規教員」を増やすことで対処するとともに、「非正規教員」にも研修等「正規教員」と同様の権利を保証すべきである。
 さらに、「学校教育法施行規則」改正によって、「土曜授業」の実施をしやすくしたが、これは労働時間増につながる。学校規模によっては、教科による「持ち時間数」の格差が出てくるなどの新たな問題点が生じてきている。


Ⅹ.「外国語」の「習熟度別指導」について

 『学習指導要領』は「総則」で「習熟度別指導」に触れている。また、「基本計画」は「基本施策24」でも「習熟度別指導の充実」を求めている。Ⅶ.で問題にした「2学級3展開」をはじめとする少人数授業を実施する中で、以前よりも「習熟度別指導」が推進されることが多くなった。今後、ますます増加することが懸念される。特に外国語の場合、「英語指導方法等改善の推進に関する懇談会・報告」(2001年1月)から「提言」に至るものの中にあり、さらに、「第七次提言」も「義務教育段階からの習熟度別授業の拡充」に触れている。二つの「英語力」に対応する差別的指導に呼応しているのではないか。
 言語教育においては、生徒一人ひとりがその言語運用を通して言語能力を育むべきである。すべての生徒が等しく良質な教育を受けられるようにすることが「習熟度別」によって実現するとは考えられない。このことは、1983年度の大会で「中学校段階での習熟度別学級編成は適切でない」と提言して以来、たびたび同様の主張を繰り返してきた。にもかかわらず、『学習指導要領』は相変わらず「習熟度別指導」に触れている。誠に遺憾である。「教育再生実行会議第九次提言」も「よりきめ細かい習熟度別少人数指導の推進」を強調している。『学習指導要領』では、ぜひとも記述をなくしてほしい。
 指導形態や学級編成は各学校の現状に応じて行うべきものであり、一律に「習熟度別指導」や「習熟度別学級編成」を実施することが望ましいとは考えない。むしろ、「習熟度別」は児童・生徒に差別感・屈辱感をいだかせ、学習意欲を失わせることにもつながる。フィンランドのように「習熟度別」をやめることによって学力が向上した例がある。必ずしも「学力向上」に結び付くとは限らない。また、人格形成において問題を生じやすく、生徒の健全な心身の発達を阻害する可能性がある。評価に当たっても、生徒の実態に応じた慎重な取り組みが求められる。


ⅩⅠ.「学習評価の改善」について

 評価に関連して学校段階・学年段階、教科の特質などに応じた評価方法を取り入れることを大いに推進すること。

 「論点整理」が「現在の『関心・意欲・態度』の評価に関しては、例えば、正しいノートの取り方や挙手の回数をもって評価するなど、本来の趣旨とは異なる表面的な評価が行われているとの指摘もある。『主体的に学習に取り組む態度』については、このような表面的な形式を評価するのではなく、(後略)」と指摘していることは評価に値する。さらに、「前答申」が小中学校の教員の70~80%が「評価活動が複雑になり余裕がなくなった」との調査結果も引用している。ゆえに「評価の観点並びにそれぞれの観点の評価の考え方、設定する評価規準、評価方法及び評価時期等について、今回の学習指導要領改訂の基本的な考え方を踏まえ、より一層簡素で効率的な学習評価が実施できる枠組みについて更に専門的な観点から検討を行うこととしたい」としている。評価のあり方については、様々な考え方や方法があり、『学習指導要領』が大綱を示すにとどめるべきものであるのと同様、評価についても一律に規定すべきでない。
 「前答申」を受けて、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の『児童生徒の学習評価の在り方について(報告)』(2010年3月24日、以下、「報告」)も「3.学習評価の今後の方向性について」の中で「学習指導と学習評価の一体化をさらに進めていくため(中略)評価の観点を整理」し、外国語に関しては「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」「外国語表現の能力」「外国語理解の能力」「言語や文化に関する知識・理解」となった。今回、『学習指導要領』が「『知識・技能』、『思考・判断・表現』、『主体的な学習に取り組む態度』の3観点」になった。また、「外国語科」は「五つの領域(別に設定する目標)」となった。「答申」が「評価の観点については、学習指導要領における各教科等の指導内容の資質・能力を基に構造的に整理されることにより明確化される」としている。従来通りの「横並び」になる可能性が高いので、外国語の特質を鑑みるとき、検討してほしい。合わせて、「小学校高学年の教科としての外国語教育(中略)についても、中・高等学校の外国語科と同様に『知識・技能』、『思考・判断・表現』、『主体的な学習に取り組む態度』の3観点により行う必要がある」と記されている。これは大きな問題点である。
 また現在の「関心・意欲・態度」や今回の「主体的な学習に取り組む態度」については、生徒はそれぞれの個性を持っており、生徒の「関心・意欲・態度」の表出は個人によって差異があることから、客観的評価は困難である。この評価を「指導要録」に記入せずとも、生徒の学習を指導することは可能である。なお、「論点整理」が「教員には、子供たちが行っている学習にどのような価値があるのかを認め、子供自身にもその意味に気付かせていくことが求められる。教員一人一人が、子供たちの学習の質を捉えることのできる目を培っていくことができる」と記しているが、「態度」の評価は不要である。
 「外国語活動」の評価については「前答申」の「5.指導要録の改善について」の中で「文章の記述による評価を行うことが適当」とある。これのみで十分であり、その後に記されている「評価の観点」に関する言及は不要である。現に、「小学校児童指導要録」にもそのまま適用され、今回の『学習指導要領』改訂でも継続されようとしていることは遺憾である。
 関連して、現在の「指導要録」でも、「観点別学習状況の評価」を一律に記入することは継続された(強制的に記入させることは取りやめるべきである)。今回の改訂ではやめるべきである。この評価が自己目的化して、相対的に学習内容の習得が軽視されたり、ひいては高校入試において合否判断資料として用いられたりし、十分な基礎学力を身につけないで入学する高校生がいるなど、教育が歪められている実態がある。現に、公立高校入試において「推薦入試」を見直す動きが顕著になっていることが、その反映である。
 「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の改善について(答申)」(1998年7月)の「Ⅱ.3.学習の評価」の中で「指導要録における各教科等の評価については、現在は各教科共通の考え方及び方法によって行われているが、学校段階・学年段階、教科の特質などに応じた評価方法を更に取り入れることについて検討する必要がある」と提言している。私たちは1998年12月9日付の「要望」で評価したが、現在の「小学校児童指導要録」「中学校生徒指導要録」「高等学校生徒指導要録」では、国語科を除き実現していない。先に引用した「前答申」や「報告」、「論点整理」が指摘しているように、現在問題点が多々存在している。しかし、現在の「指導要録」でも実現しなかった。誠に遺憾である。
 「指針方針」が「『聞く』『話す』『読む』『書く』の4技能を初等中等教育から高等教育を通じてバランスよく育成するとともに、総合的に評価することが重要」と述べていることはよい。しかし、「有識者会議」の「英語力の評価及び入試における外部試験活用に関する小委員会」の「審議のまとめ」が「資格・検定試験の活用においては、学習指導要領に沿って中学校・高等学校卒業までに学習した4技能が総合的に育成されているかどうかという観点から適正に評価することが必要である」「総合的な英語力を向上するためには、世界標準を視野に入れた目標設定を行う」と述べていることは問題である。さらに、「指針方針」が「各学校及び各団体における英語4技能の資格・検定試験活用を奨励する」としている。上述のように、学校教育の「外部」依存により公教育がさらに歪むことになる。加えて、「プラン」が「生徒の着実な英語力向上を目指し、国及び県で明確な達成目標(GOAL2020(平成32年度))を設定」「その達成状況を毎年公表して、計画的に改善を推進」と記している。具体的には2016年度から「英語教育実施状況調査」に基づく都道府県別の生徒の英語力の結果の公表をし、新たに2019年度から中学3年生対象の英語4技能を測定する「全国的な学力調査」を悉皆で実施しようとしている。
 調査結果については「学校別に平均正答率」を公表しようとしている。現在、「全国学力・学習状況調査」の公表で起きている問題が新たに生じかねない。大いに遺憾である。
 また、4技能に関する「学習到達目標」を「CAN-DOリスト」の形で設定する取組をさらに進める観点から、「外国語教育における『CAN-DOリスト』の形での学習到達目標設定に関する検討会議」によって「能力記述文の形で示した国の学習到達目標(試案)」が提示(2014年3月13日)されて、設定せざるを得ない状況を生むことになった。「論点整理」も「国が示す教育目標を踏まえ、各学校が具体的な学習到達目標(CAN-DO形式)を設定し、児童生徒にどのような英語力が身に付くか、英語を用いて何ができるようになるかなどが明確になり、指導と多面的な評価の一体化とそれらの改善が図られる」とし、加えて、「五つの提言」も「主体的な学びにつながる『コミュニケーションへの関心・意欲・態度』を重視し、観点別学習状況の評価において、例えば、『英語を用いて~ができる』とする観点を『英語を用いて~しようとしている』とした評価を行うことによって、生徒自らが主体的に学ぶ意欲や態度などを含めた多面的な評価方法等を検証・活用」と言及している。「ワーキンググループ」も「児童生徒がコミュニケーションへの関心を持ち、自ら課題に取り組んで表現しようとする意欲や態度を身に付けているかどうかを評価することが重要である」と述べている。評価やそれに関連する目標設定は、一律に現場に持ち込むべきものではなく、各学校や教員に委ねるべきである。なお、「小・中・高等学校を一貫した教育目標・内容のイメージ」にも無理やりCEFRが持ち込まれていることは上述のように遺憾であると言わざるを得ない。
 すでに、東京都教育委員会は2014年度から全都立高校で「都立高校学力スタンダード」を開始した。これは「各校が具体的な学習目標を明示し」、「学力調査」を実施して、「都の目標値」に達したかどうかを判断するものである。ゆえに、指導内容が「学力調査」対策になってしまうことになる。そして、それに基づいた自校の学力スタンダードの作成及び学力スタンダードに基づく学習指導の実施が求められており、また、すでに「業者や予備校に依存した」テストの問題作成や実施が多く見受けられている。このように、学力の検証を「外部」に依存した公教育がますます顕著になってきていることは大きな問題である。
 教える内容も当然だが、現場の各教員が評価方法についても考えることができるように条件を整えて然るべきである。


ⅩⅡ.教科書について

 文部科学省が「教科書改革実行プラン」を発表(2013年11月15日)した後、教科用図書検定調査審議会に諮問し、答申が出された。これは教育行政の流れとしては本末転倒である。それに基づいて、教科書制度の変更が行われている。必ずしも望ましい方向に進んでいるとは限らない。検定申請時の「編修趣意書」(2014年1月改正、4月施行)についても改正「教育基本法」を具現化したかどうかが明らかになるように求められ、それを受けた形で「小学校社会科教科書『我が国の歴史』に関する検定結果(平成25年度)」が発表(2014年7月31日)になった。特定の個々の検定結果について、具体的に公表されたことは極めて異常なことだと言わざるを得ない。中学校(2015年4月6日公表)や高等学校(2016年3月18日公表)の検定結果も「検定基準の見直し」を受けた形となった。さらに、小学校「特別の教科 道徳」(2017年3月24日公表)においては、教科書出版社が「自主規制」を余儀なくされたことが明らかとなった。

1.「教科書」を教育課程の「大綱化・現場主義の重視」の流れにふさわしいものとすること

 「前答申」は「4.課題の背景・原因 (3)教師が子どもたちと向き合う時間の確保や効果的・効率的な指導のための条件整備」で「学習指導要領の理念は、それぞれの教室での日々の教師の指導の中で実現するものであり、教師が子どもたちとどれだけ向き合い、どのような教科書・教材を用い、ICT環境等を活用していかに効果的・効率的に指導できるかといったことが極めて重要である」と述べている。さらに、「前答申」は「6.教育課程の基本的な枠組み (5)教育課程編成・実施に関する各学校の責任と現場主義の重視」で「各学校は、大綱的な基準であるこの学習指導要領に従い、地域や学校の実態、子どもたちの心身の発達の段階や特性を十分に考慮して適切な教育課程を編成し、創意工夫を生かした特色ある教育活動が展開可能な裁量と責任を有している」としている。
 ところが、「五つの提言」は「主たる教材である教科書を通じて、説明・発表・討論等の言語活動により、思考力・判断力・表現力等が一層育成されるよう、次期学習指導要領においてそのような趣旨を徹底するとともに、教科用図書検定基準の見直しに取り組む」と述べている。
 教科書について、各学校の特色ある教育活動が展開できる教科書を実現するよう、検定基準の大綱化、その運用の弾力化を図るべきである。

2.「教科用図書検定規則」等の運用について

 「教科用図書検定規則」(平成元年4月4日・文部省令第20号)、「義務教育諸学校教科用図書検定基準」(平成21年3月4日・文部科学省告示第33号)、「高等学校教科用図書検定基準」(平成21年9月9日・文部科学省告示第166号)(以下、「検定規則等」)の実施にあたり、ここに示された教材の基準を恣意的に運用することなく、豊かな教材を実現すること。
 また、「外国語科」においては「教科書の内容と領域別の目標との関係の明示など検定基準の必要な見直しを図ることが適当である」(「教科書」)などや「CAN-DOリスト」や「学習到達目標」、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の推進により、「検定規則等」の運用がより規制されることがないようにすること。
 また、文部科学省は社会科等固有の条件について、「教科用図書検定基準」等の改正(2014年1月17日)をし、その後、「小中高学習指導要領解説」改正を通知(2014年1月28日)という本末転倒なことをした。そして、「教科用図書検定審査要領」改正(2014年4月改正、2014年度検定から適用)も行った。今後、これ以上、外国語科をはじめ、他の教科に波及しないことを強く望む。

3.「広域採択制度」を廃止すること

 教科書採択について、私たちは第1回アピール「英語教育の改善に関するアピール」(1974年12月1日)以来、広域採択制を廃止し「一人ひとりの教員が、自己の責任において適切な教科用図書を主たる教材として採択できるようにしなければならない」と主張してきた。
 昨年秋以来の教科書採択における「不適切な行為」は「広域採択制度」に起因するものであることは明白である。再発を防止して、教科書採択の公正確保のためにも制度を廃止しなければならない。「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律施行令」の「第11条」により、「都道府県の教育委員会規則で定める」ことができるために、教科書採択において教育委員会主導が強くなってきたが、適切だとは言いがたい。さらに、「平成28年度使用教科書採択について(通知)」(2015年4月7日)等によって、教科書採択において、なお一層教員の意見が反映しない状態となった。すなわち、地域の実態や生徒の実情に基づいた教員の意見が反映されていないことに加えて、学校の教員が適切と判断する創意・工夫を行うことが難しくなっている。中心的教材である「検定教科書」を教員自らの責任で選ぶことができず、不本意な「検定教科書」の使用を強制されている。教員が主体的に教科書を採択することができるような施策を講じるべきである。あわせて教科書採択に関して、全面的な情報開示が徹底されるべきである。なお、横浜市は2010年度から「広域採択制度」を悪用し、「全市一括採択」とした。川崎市でも次の採択から同様となった。誠に遺憾である。加えて、このところ、東京都をはじめ、大阪府、神奈川県、大阪市、京都市など、いくつかの教育委員会が特定の出版社の文部科学省検定済高等学校日本史教科書を「不適切」として、結果的に各高校などで採択して使用することができなくなった。教科書採択に教育委員会が事実上介入した。これは「二重検定」であり、「広域採択制度」以前の問題である。「国定教科書」化にも通じる。まことに異常であり、大いに遺憾である。
 「広域採択制度」が施行されて以来、中学校用英語教科書の種類が減少したことも、重大な問題である。小学校・中学校のすべての教科について起こっている問題なのである。これは、それぞれの教科書の良否によるというよりは、むしろ、教科書会社の営業力の強弱に起因することである。それは、教育委員会主導が強くなってきたとは言っても、採択地区の中で決定権を握る少数の関係者との関係が重要な意味を持ってくるからである。教科書会社と教育界との間に非常に望ましくない癒着の関係が生じてきている。1902(明治35)年の教科書汚職事件は教科書国定化への道を拓いた。私たちは教科書国定化の道が拓かれることになることを恐れるのである。そして、教育界を健全な状態にするためにも、いかなる規模の広域採択制度も廃止しなければならないと考える。
 「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(以下「教科書無償措置法」)を改め、「広域採択制度」を廃止すべきである。当面、「広域採択制度」を改め、「検定教科書」採択に当たっては学校単位で採択できるようにすることにし、近い将来には、一人ひとりの教員が、自己の責任において適切な教科用図書を主たる教材として採択できるようにしなければならない。
 「共同採択地区における協議の方法に関する規定の整備」や「採択地区の設定単位の変更」(「教科書無償措置法」(2014年4月改正))は「単独採択」への一歩であるかもしれないが、「広域採択制度」であることには変わりがない。「ILO・ユネスコ『教員の地位に関する勧告』」(1966年)は「(61)教員は(中略)教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべきである」(『教育条約集』三省堂)としている。この勧告に従って、上述の「一人ひとりの教員が採択できる」ようにしなければならない。
 私たちは、「第1回アピール」以来、「中学校の教科書採択に際して、いわゆる『学年進行』を認めること」を主張してきたが、現在行われている「学年進行」は本来私たちが望むものではない。つまり、旧版の教科書が継続使用できるようにすべきである。2学年・3学年においては、旧版ではなく同一出版社であっても新版を使用することになっているため、学校現場では指導内容の継続性に問題が生じたり、教材・教具が1~2年間しか使用できないため、購入できなかったり、授業に支障が出ている。加えて、学習指導要領の改訂などにより、中学校教科書の内容が著しく変化した外国語(英語)は教材研究等に従来よりも時間を割かなければならない状態になり、学校現場の多忙さに拍車をかけている。
 なお、公正取引委員会が「教科書採択に関する独占禁止法の『特殊指定』を廃止」(2006年9月1日)したことにより、「見本本」の提供等において、ますます大手教科書出版社に有利な教科書採択制度となってしまったことを指摘しておきたい。

4.検定教科書の使用義務を緩和すること

 「検定教科書」以外でも、『学習指導要領』が掲げる目標を達成するのにふさわしいものであれば、それを「主たる教材」として用いることを容易にするよう「学校教育法」の第34条、第49条、第62条、第70条、第82条の各規定の運用について改善し、「検定教科書」の使用義務を緩和することが必要である。
 英語以外の言語では、教員が適すると考えるあらゆる世界中の言語教育のための出版物を「教科書」として自由に使用している。『学習指導要領』や「実施計画」「五つの提言」は「授業は英語で行うことを基本」とした。それならば、授業が行いやすい教科書を自由に使えるようにすべきである。せめて、『学習指導要領』に合わせて、検定を行うべきである。なお、「五つの提言」も「世界的に広く用いられている教材を参考にしつつ、…」としている。さらに、「中高一貫校」や「中等教育学校」では、「学校教育法」の第71条の規定により、「検定教科書」が学校単位で採択できるにもかかわらず、「検定教科書」以外の教科書等が「主たる教材」として使用されている。上述のように、すべての学校で行うことができるようにすべきである。
 様々な考え方・指導法に基づいた教材があり、これを「主たる教材」として自由に用いられなければ、十分な教育効果が見られないことは自明である。コミュニケーション能力の育成のためには、教員がその責任において、実態をふまえた「主たる教材」の選択を行えることが重要である。適切な「教科書」が選べないという状態を一刻も早く解消すべきである。
 なお付言すれば、上述の「不適切な行為」は、教科書定価があまりにも廉価過ぎることも一因であるので、「適正な」価格にすべきである。また、「子どもの権利条約・第28条」の主旨からも「教科書無償措置法」を高等学校へも適用できるようにすべきである。


ⅩⅢ.「外国語」担当教員の養成・採用・研修等について

 中教審は2015年12月21日に「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について~学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築について~」を答申した。この中で「教員育成協議会(仮称)」の創設、「教員の育成指標」の策定や「教員採用試験における共通問題」の作成を打ち出してきている。これでますます「型にはまった」教員を作ることになりかねない懸念が生じている。
 「教職生活を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について審議経過報告」(2011年1月31日、以下「審議経過報告」)は「今後10年間に、教員全体の約3分の1、20万人弱の教員が退職し、経験の浅い教員が大量に誕生することが懸念されている。これまで、我が国において、教員の資質能力の向上は、養成段階よりも、採用後、現場における実践の中で、先輩教員から新人教員へと知識・技能が伝承されることにより行われる側面が強かったが、今後は更にその伝承が困難となることが予想される」と言う。「教員養成の修士レベル化」や「教員免許更新制」が「教師の資質向上」につながるかどうか、はなはだ疑問である。「教職生活全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(答申)」(2012年8月28日、以下「向上方策」)は「教職生活全体を通じて、実践的指導力等を高めるとともに、社会の急速な進展の中で知識・技能が陳腐化しないよう絶えざる刷新が必要であり、『学び続ける教員像』を確立する必要がある」と、述べている。また、「特に、教科や教職に関する高度な専門的知識や、新たに学びを展開できる実践的な指導力を育成するためには、教科や教職についての基礎・基本を踏まえた理論と実践の往還による教員養成の高度化が必要である」と言う。研修とは「教育公務員は、その職務を遂行するために絶えず研究と修養に努めなければならない」(「教育公務員特例法」第21条)というように、まず、自主的・自発的研修が行われなければならない。「前答申」も「教材研究や授業研究、教師同士の相互評価といった取組は、教師の資質の不断の向上にとって極めて重要である」と言っている。同感である。「教師の資質向上」のためには自主的・自発的研修を充実すべきである。「教員は学校で育つ」(「資質能力」)とあるが、当然のことだと考える。
 「前答申」は「意欲をもった優秀な人材が、教師という職業に魅力を感じ、教職に就くようになるためには、教員の勤務の実態を踏まえた適切な処遇とメリハリのある給与体系の実現や教員評価の処遇への反映」が課題と言う。「教員の勤務の実態を踏まえた適切な処遇」に関して、中教審への「諮問(2010年6月23日)」の中でも「教職員定数の改善など教員の数の充実」がうたわれている。しかし、「審議経過報告」や「向上方策」では触れられていない。ましてや、「実施計画」や「五つの提言」でも全く述べられていない。「資質能力」もOECDの国際教員環境調査(以下TALIS)を引用して、「『もう一度仕事を選べるとしたら、また教員になりたい』と回答した(中略)我が国の教員の割合は58.1%と参加国中最低レベルであるほか、教職が社会的に高く評価されていると思う教員の割合も28.1%と低いレベルにある。」と記している。ところが、「メリハリのある給与体系の実現や教員評価の処遇への反映」は「学校教育法」等の改正による「副校長その他新しい職の設置」を考え合わせると、自ずと教員の「ランク付け」となり、「教師集団」の協力を壊すことになって、教育現場にふさわしくない。さらに、「教員免許更新制」に要する時間が現在の業務時間に加わり、教員ひとり当りの校務にかかわる業務が以前にもまして増加した。前回の教育課程改訂によって授業時数が増加したが、ますます授業のための準備時間が奪われ、より優れた授業を実現しようとしている教員の意欲は殺がれる、という状態が一層深刻なものとなった。学校現場では都道府県によっては教科によって「持ち時間」が決められるため、業務時間において教員間に差が生じてきている。過労死認定基準と言われる月80時間を越えるのは全国で常態化しており、東京では月300時間を越えた例が過去の大会で報告された。「TALIS」によると、日本の教員の平均勤務時間(週53.9時間)は参加国・地域の平均(週38.3時間)の1.4倍となり、大幅に上回っている。「超過勤務」である。文部科学省も「学校現場における業務の適正化に向けて」を通知(2016年6月17日)した。しかし、最近公表(2017年4月28日)された文部科学省の「2016年度の公立小中学校教員の勤務実態調査(速報値)」結果を待つこともなく、教員が「ブラック職業」であることは顕著であり、その象徴とされる部活動についても、ようやく「休養日」や「部活動指導員」の導入を考え始めた。今回の大会でも、現場教員からは「『多忙化』のために授業準備が一番後回しになってしまう」などの悲鳴にも似た声が聞かれ、教育の質の低下を招いていると言わざると得ない。「少子化」で1校当たりの教員数が減り、その結果、教員一人当たりの校務にかかわる業務が増加している。また、「少人数授業」のため複数学年を担当せざるを得ない教員数が増加し、そのために授業運営のための準備時間が奪われて、より優れた授業を実現しようとしている教員の意欲を殺いでいる。これは、外国語教育はもとよりわが国の教育にとって重大な問題と言わざるを得ない。以上のことが若い人材を教育職から遠ざけてしまう一因となっている。中央教育審議会で始まった議論が有意義な結論を出すことを期待したい。
 また、「教員免許更新制」や民主党が主張した「教員養成6年制」により従来の教員免許制度「開放制」が否定された。「教員養成の修士レベル化」のために、「向上方策」にある「一般免許状(仮称)」「基礎免許状(仮称)」「専門免許状(仮称)」の創設についても、学校現場を早く経験させずに、養成期間だけを長引かせても、果たして実践的指導力が身に付くのかという疑問が残る。どちらも、「教員養成6年制(修士)」であるからである。「教員は学校で育つ」のである。
 加えて、「資質能力」は「学校インターンシップの導入」を掲げている。ただし、「各学校種の教職課程の実情等を踏まえ、各教職課程で一律に義務化するのでなく、各大学の判断により教職課程に位置付けられる」と述べている。ぜひ、柔軟な対応ができるようにしてほしい。加えれば、すでに現在行われている「介護等の体験」の義務付けを鑑みるとき、さらに負担増になる懸念が生じる。
 先に述べたことと重なるが、上述してきたように、現状の流れでは大いに意欲を持っている優秀な若い人材を教育職から遠ざけてしまう。
 「論点整理」が「外国語教育に関する教員養成、教員研修及び教材開発に関する条件整備、小学校の中・高学年それぞれの課題に応じた指導体制の整備が不可欠である」と述べている。当然のことである。私たちは1975年11月30日の第2回アピール「英語教育の改善に関するアピール」で「英語教育の質を向上させるためには、教員養成の一環として、特に就職後最初の1年間は、研修日・持ち時間・経費負担に配慮し、自主研修の機会が十分に与えられるよう制度化し、これを保障すること」と記している。未だに実現に至っていない。
 現在、文部科学省は「教員の養成・採用・研修の各段階についての総合的・一体的検討」に着手している。私たちは失職者も出てきている「教員免許更新制」を即刻やめて、以前の「教員免許制度」に戻すべきことを今大会でも確認した。
 私たちは1999年度の大会で「外国語」担当教員の養成・採用・研修等について議論し、次のように主張した。
  1. (1)「外国語」担当教員の養成について
    「外国語」担当教員の養成のための教育は、当該外国語の指導方法に関する十分な知識と実践力を習得させ、また指導について工夫改善への意欲を持たせる内容とすること。
  2. (2)「外国語」担当教員の採用について
    「外国語」担当教員の採用に際し、当該外国語の指導方法に関する十分な知識と実践力および工夫改善への意欲を有する人物が選ばれるようにすること。
  3. (3)「外国語」担当教員の研修について
    「外国語」担当教員の研修について、長期海外研修を含め、自主的・主体的な研修を実現するよう、必要な措置を講じること。
 今大会においても上記3項目を含め以下のことを確認した。

1.「外国語」担当教員の養成について

 「外国語」担当教員の養成にあたっては、外国語教育を豊かなものにするため、まず第1に当該外国語およびその指導法に関する十分な知識と実践力を備えた教員を育成することを目的とすべきである。従って、「教科に関する科目」の履修に重きを置くべきである。「資質能力」は「『教科に関する科目』と『教職に関する科目』の中の『教科に関する指導法』については、学校種ごとの教職課程の特性を踏まえつつも、大学によっては、例えば、両者を統合する科目や教科の内容及び構成に関する科目を設定するなど意欲的な取組が実施可能となるようにしていくことが重要であり、『教科に関する科目』と『教職に関する科目』等の科目区分を撤廃するのが望ましい」としている。大いに検討に値する。ぜひ、実現する方向であってほしい。さらに、「新たな教育課題に対応した教員研修・養成」で「外国語教育の充実」に触れている。その中で「小学校中学年の外国語活動導入と高学年の英語の教科化に向け、音声学を含む英語学等専門性を高める科目」と述べるとともに、「『免許法認定講習』の開設支援等により小学校免許状と中学校免許状の併有を促進する必要」に触れている。既に横浜市では先取りして始まり、混乱が生じていることも指摘しておきたい。「英語教育コア・カリキュラム(試案)」が2016年2月26日に公表された(報告書は3月31日付)。その中で、「有識者への意見聴取から、英語担当教員の英語力としては、教える英語のレベルよりも上のレベルを目指すべきであり、具体的にはCEFR B2レベルや実用英語技能検定(英検)準1級レベル相当」との記述がある。国内外の民間団体が提供している英検等のスコア等を教員養成の目標値として一律に設定している。これは教員養成を矮小化するものであり、断じて容認できない。「英語教員の英語力・指導力強化のための調査研究事業 平成28年度報告書」(東京学芸大学、2017年3月20日)が公表されたが、これが各大学等への「縛り」となってはならない。
 なお、東京都教育委員会は「小学校教諭採用予定者への実践的指導力養成講座」を行っている。「任用前学校体験」も2013年3月から開始した。これは大学等の教員養成の段階で行われるべきことである。
 また、「教育実習」については、学校現場が多忙なまま実習期間が延長され、現場の負担は以前にも増して過重になった。さらに「一年間への延長」も考えられていたが、「審議経過報告」は「期間・内容とも充実する方向で検討すべき」に留めている。また、「向上方策」も「実習公害」に言及するだけで、根本的な問題解決には程遠い。「審議経過報告」は「実習生受入校の負担にならないような実施体制」に言及しており、改善のための十分な条件整備が必要である。
 2010年度入学生からは、「教員免許更新制」と表裏一体の「教員として必要な知識技能を修得したことを確認する」ための「教職実践演習」を含む教育課程がスタートした。ますます教員免許状取得を困難にするものと言わなければならない。
 加えて、「教師塾」のようなものが各地でますます増加している。これは、大学の教員養成を不毛にするおそれが大きい。例えば、「東京教師養成塾」では、特定の大学以外の学生は対象外となっているうえ、実態は受講生の「青田買い」になっている。このようなものを大学外に設けるべきではない。東京都教育委員会は「小学校教員養成課程のプログラムについて」公表(2010年10月14日)した。これにより採用側が教員養成機関に枠をはめてしまった。まさに「養成・採用・研修」の一体化である。合わせて、「中・高等学校教諭については、その多くが教員養成を主たる目的としない学科等出身者で占められていることに留意する必要がある」(「向上方策」)との言及、さらに「教員免許の国家資格化」の考え方や最近の文部科学省等の答申や動向を考え合わせると、教員養成は一層「開放制」が損なわれかねない危機的状況にある。
 また、「向上方策」は「小学校教員の教員養成課程においても、学習指導要領に対応した外国語教育に関する内容について、さらに充実を図る必要がある」と述べているが、私たちも「小学校外国語教育を実施するのであれば、長期的視点に立った教員養成」とⅥ.で前述した。
 なお、英語以外の言語についても「教科教育法」および「教育実習」を充実すべきである。加えて、例えば「小学校教諭普通免許状」の「教科及び教科の指導法に関する科目」の「教科に関する専門的事項」(現在は「教科に関する科目」)」に新しく「外国語」が追加されるが、「英語、ドイツ語、フランス語その他の外国語」と記されることは歓迎される。

2.「外国語」担当教員の採用について

 最初に、文部科学省の最近の「英語教育改革」の促進に対応して生じた問題を指摘しておきたい。それは、教員採用選考でも「英語力」が過度に重視される傾向が顕著になってきていることである。合わせて、「資質能力」が「教員採用試験の共通問題の作成」に言及している。「教員免許の国家資格化」や「開放制」の否定も考え合わせると、様々な個性を持った教員が採用される可能性が低くなる心配が生じてくる。「教育公務員特例法」が改正(2017年4月1日)されて、「校長及び教員の資質の向上に関する指標の全国的整備」が開始されることも懸念材料である。
 「確かな学力を確立するために必要な授業時数の確保」から、小中学校では外国語をはじめいくつかの教科で授業時数が増加し、年間の総授業時数が増えた。高等学校でも全日制では週当たり30単位時間を越えて授業を行うことが可能となった。そのための教員の持ち時間増について、「非正規教員」のような臨時採用教員や非常勤講師に頼るのではなく、教職員定数の改善を図り、それにともなう「正規教員」の採用増を行うべきである。そのために国による十分な財政措置を含む条件整備をすべきである。
 「向上方策」は「様々な社会経験と、特定分野に対する高度な知識・技能を有する多様な人材を教員として迎え、チームで対応していくことが重要である。今後、社会の中の多様なルートから教職を志すことができるための仕組み」としている。しかし、教育実習をせずに、「特定分野に対する高度な知識・技能」だけで教職に就けるべきでない。
 さらに、「向上方策」には「特に英語教員志望者に対しては、指導力向上のための海外留学を積極的に推進することが求められる。また、採用に当たっては、こうした海外経験が評価されるよう選考方法の更なる工夫が求められる」とあるが、採用後の公費による海外研修の充実こそが必要である。
 「提言」は、「英語教員の採用にあたり、外部検定試験の一定のスコアの所持を条件にするなど、英語教員に一定の英語力を求めるようにする」と述べている。「実施計画」も「外部検定試験を活用するなど、採用選考の改善促進」としている。加えて、昨年公表された「コア・カリキュラム(試案)」が「CEFR B2レベル」を持ち込んだり、「英検準1級レベル」のような具体的な目標値が提示されることははなはだ遺憾である。「答申」も「英語の資格・検定試験による英語力の基準が国際基準であるCEFRの B2レベル程度(英検準1級、TOEFL iBTスコア80点程度)以上の者を採用するような取組が期待される」としている。選考対象者が外国語教員としてふさわしいかどうかは、前述のように英検、TOEFL、TOEIC等の成績によって測れるものでなく、全人的観点から選考されるべきである。こうしたスコアは外国語教員に必須のものとは考えられない。採用試験のために、教員養成課程でTOEFL等の受験対策の授業が増えており、人格の完成を目的とする教育に携わる教員を養成するための教育内容が矮小化されている。このようなスコアを援用することや前述の「教員採用試験の共通化」を考え合わせると、教員養成制度の崩壊につながる。さらに、「英語運用能力」のみが強調されるあまり、外国語や外国語指導に関する「基礎知識」、「指導力」不足のまま採用されているとの懸念が生じてきている。
 2011年12月27日付文部科学省初等中等教育局長の「教員採用等の改善について(通知)」もあり、選考においては公開が進められてきているが、選考基準についてはより一層公開を進めるべきである。なお、「通知」の中で上記「提言」を踏まえ、「英語によるコミュニケーション能力を十分に考慮した採用選考の実施」や「外国語活動に対応した採用選考の実施」に触れている。特に、今まで教員養成が十分になされてこなかったことにもかかわらず、「答申」は「専科指導を想定した小学校教員の採用選考に当たっては、採用段階における英語力の基準を設定することや、留学などの海外経験の評価、面接試験、模擬授業などによる実技試験等によってコミュニケーション能力などの専門性を考慮した採用選考の実施を促すことが必要である」としている。文部科学省の調査によれば、「外国語活動」に関する内容は筆記試験、実技試験ともに増加の傾向にある。先に言及したように現状では「過度に重視しないこと」は当然である。加えて、「資質能力」が「特別免許状の授与に当たっては、(中略)海外の教員資格やTESOL修士の保有なども含め、授与を受けようとしている者の様々な学修履歴や経験を考慮し、総合的に判断することが望ましい」としている。さらに、「論点整理」には「児童生徒が生きた外国語に触れる機会を一層充実するため、特別免許状の活用も含め、教員や外国語指導助手等としての外部人材の受け入れを一層推進する。併せて、外国語が堪能な地域人材や外国語担当教員の退職者等を非常勤講師として活用するための方策も講じる」とある。後述の「ⅩⅣ.ネイティブ・スピーカー(ALT)について」にあるように、教師は日本に於ける専門家であることを認めるべきで、海外のみの資格だけで判断すべきではない。
 また、英語以外の言語について専任教員を採用し、多様な外国語を学習できるようにすべきである。「外国語」という教科において、担当科目は「英語」「中国語」「朝鮮・韓国語」「フランス語」「ドイツ語」「スペイン語」「ロシア語」「イタリア語」「ポルトガル語」などであるが、実際の採用はほとんどすべてが「英語」の教員としてであり、英語以外の言語が不当な扱いを受け、ひいては英語以外の言語の教育を困難にしている。早急に改善すべきである。
 なお、文部科学省が公表した「平成28年4月1日現在の教員免許状を取得できる大学」によると、中学校・高等学校の外国語に関しては、「英語」「中国語」「フランス語」「ドイツ語」「その他の言語」に区分されている。「その他の言語」には「アラビア語」「イスパニア語」「イタリア語」「インドネシア語」「ウルドゥー語」「スウェーデン語」「スペイン語」「スワヒリ語」「タイ語」「デンマーク語」「トルコ語」「ハンガリー語」「ビルマ語」「ヒンディー語」「フィリピン語」「ペルシア語」「ポルトガル語」「モンゴル語」「ラオス語」「ロシア語」「韓国・朝鮮語」「韓国語」「朝鮮語」が含まれていることを付しておく。さらに、これら以外の言語でも文部科学省調査「平成27年度高等学校等における国際交流等の状況について」では「英語以外の外国語科目を開設している学校の状況について」(平成28年5月1日現在)の表中に「ベトナム語」「フィリピノ語(タガログ語)」「マレー語」「ポーランド語」「古典ラテン語」「ネパール語」が含まれている。

3.「外国語」担当教員の研修について

 先に述べたように、「教育公務員特例法」第21条を踏まえて、教員の自主的・自発的研修が行われるために、国による十分な財政措置や時間保障を含む条件整備をすべきである。「論点整理」も「教員一人一人が校内研修、校外研修などの様々な研修の機会を活用したり、自主的な学習を積み重ねたりしながらその力量を向上させていくとともに、教員一人一人の力量が発揮できるよう、必要な環境を整備していくことも必要である」と述べている。当然のことである。
 「行動計画」により、全国一律に「実践的コミュニケーション能力育成のための指導力向上を図る」ためということで「悉皆研修」が導入された。研修とは教員が自主的・主体的に行うものであり、「伝達講習」のように特定の内容を強制的に研修させられることは望ましくない。
 そもそも、なぜ外国語(英語)科の教員だけが強制的に「悉皆研修」を受けなければならなかったのか、理解に苦しむ。また、「悉皆研修」のために、真に参加を望む研修に参加できなかった場合が多く、研修の目的に照らしてみると本末転倒である。
 「向上方策」に「教員免許更新制については、適切な規模を確保するとともに、必修領域の内容充実、受講者のニーズに応じた内容設定等講習の質を向上するなど、必要な見直しを推進する」とある。今回、「向上方策」を受け、継続の方向で改善策を含む「報告」や「免許更新」が出されたが、「教員免許更新制」に反対する私たちの立場は一貫している。
 「提言」は「英語教員の更なる資質・能力の向上を図るためには、英語教員に対する集中的な研修を実施することが必要」と述べているが、再び「悉皆研修」が行われたことは遺憾である。しかし、「英語教育推進リーダー中央研修」によって「還元研修」が始まっている。「プラン」にも「小・中・高校の英語を担当する全教員の研修を実施(「英語教育推進リーダー」の養成)」との記述がある。「資質能力」にも「各地域の指導者となる『英語教育推進リーダー』の養成を推進」とある。大いに遺憾である。これはトップダウンの研修であり、これで、小学校も含め英語教員一人ひとりにとって「実りある」研修と言えるかどうかはなはだ疑問である。なお、このリーダー研修がブリティシュ・カウンセルへの「丸投げ」であるのはさらに問題である。学校教育の「外部」依存による公教育の「歪み」となる。また、「外部検定試験を受験し、自らの英語力を把握することは、教員としての自己研鑽につながる」とあるが、誤りである。「英語教員に少なくとも求められる英語力」として、「生徒の英語によるコミュニケーション能力を育成するため、生徒が英語に触れる機会を充実するとともに、授業を実際のコミュニケーションの場面にすることができる(英検準1級、TOEFL(iBT)80点、TOEIC730点程度以上)」としている。さらに「外部検定試験を受験するよう促す」ため、2012年度からは国において「予算化」までされるようになった。異常な事態である。前述のように「実施計画」も引き継ぎ、「外部検定試験を活用し、県等ごとの教員の英語力の達成状況を定期的に検証」とさえ記している。そもそも「英語教員に少なくとも求められる英語力」とは何なのか、それは「英検準1級レベル」などの目標値を設定することにより解決する性質のものであろうか。そのような目標値で、英語教員に必要とされる英語の指導方法に関する十分な知識・実践力・指導の工夫改善への十分な意欲などを測ることはできない。それは教員の自主的・主体的研修にかかるものだからである。
 「五つの提言」は「小学校教員が自信を持って専科指導に当たることが可能になるよう、『免許法認定講習』開設支援等による中学校英語免許取得を促進」「小学校の専科指導や中・高等学校の言語活動の高度化に対応した現職教員の研修を確実に実施」と述べている。そのためにも、国による十分な財政措置や時間保障を含む条件整備をすべきである。
 さらに、「日本人若手英語教員米国派遣事業」のように英語に限ることなく多くの言語について、より多くの教員が主体的に長期にわたって海外で研修できるよう財政的措置を講じるべきである。実施に当たっては、各教員の意向を尊重し、強制的・機械的に行うべきではない。なお、小学校での外国語教育についても、「教員が国内外での研修を行えるように、財政的・時間的保障を行うこと」と先に述べた。
 付言すれば、東京都教職員研修センターは「これまで、研修の対象者は、『都立学校並びに区市町村立の学校及び特別支援学校に常時勤務する教職員』としてきましたが、今年度から、受講人数に余裕のある講座について、時間講師の方の聴講が可能となるよう変更」と通知(2013年6月21日)した。このような研修の機会がすべての教員に公平に与えられることが望ましい。そのために国による十分な財政措置を含む条件整備をすべきである。なお、英語以外の外国語についても、教員の養成・採用・研修等について充実されることを望む。
 教育再生実行会議第三次提言「これからの大学教育等の在り方について(2013年5月28日、以下「第三次提言」)」は「国は、英語教員の養成に際してネイティブ・スピーカーによる英語科目の履修を推進する。国及び地方公共団体は、英語教員が TOEFL等の外部検定試験において一定の成績(TOEFL iBT80程度等以上)を収めることを目指し、現職教員の海外派遣を含めた研修を充実・強化するとともに、採用においても外部検定試験の活用を促進する」と記している。海外派遣を除く各施策については言語道断である。


ⅩⅣ.ネイティブ・スピーカー(ALT)について

 『学習指導要領』は「ネイティブ・スピーカーや英語が堪能な地域人材などの協力」というが、「ネイティブ・スピーカーの協力」によってどのような効果が上がっているのかが不明な点もある。以前の改善協大会でも必ずしも肯定的な意見ばかりではなかった。そもそも、「ネイティブ・スピーカー」とは誰か。例えば、「英語」の「ネイティブ・スピーカー」とは英国、米国、カナダ、オ-ストラリア、ニュージーランドなどで生まれ育ち、「英語」を母語とする人を指していると考えられる。しかし、多様な外国語の学習の必要性、英語一つとっても実際に様々な英語が用いられていることなどを考慮に入れると、いま規定したような「ネイティブ・スピーカー」でなくても例えば、外国語教育および教育そのものについて十分な見識を有する適切な人で、事前および採用後も十分な研修を受けられる資格を満たしていれば外国語教育を担うにふさわしいと言うべきである。なお、1987年以来長年行われてきた「JETプログラム」やALTの活用が、有効であったかどうか明確でない。昨今の偽装請負問題に象徴されるようにALTの雇用・契約形態には問題がある。さらに、 現場の意向を尊重することも含め、再検討が必要である。受け入れ校の意向を尊重したり、「ネイティブ・スピーカー」の人権を尊重したりする点から過重な勤務状態にならないように、十分な人的配置・財政措置を講じるべきである。
 また、今回の『学習指導要領』では「ネイティブ・スピーカーなど」が「ネイティブ・スピーカーや英語が堪能な地域人材など」と書き換えられた。『中学校学習指導要領解説 外国語編』は「ALTのほかに、地域に住む外国人、外国からの訪問者や留学生、外国生活の経験者、海外の事情に詳しい人々などの幅広い人々が考えられ、これらの人々の協力を得ることが、『生徒が英語に触れる機会を充実』し、『授業を実際のコミュニケーションの場面とする』ことに資する」としている(『小学校学習指導要領解説 外国語活動編』は「外国語に堪能な人々」も含め同様の記述、『小学校学習指導要領解説 外国語編』も同様の記述、現行の『高等学校学習指導要領解説 外国語編・英語編』も同様)。さらに、「提言」にも「優秀な外国人や、海外で実務経験を積んだり、海外の大学を卒業したりするなどして高度な英語力を持つ日本人」などの記述、「五つの提言」にも「『外部専門人材』の活用」とある。この安易な発想は誤りである。これでは、私たちは「『外部専門人材』の活用」を拒否せざるを得ない。なぜならば、彼らは外国語教育の専門家ではないからである。教師は専門家であることを認めず、どのような素人でも外国語を話す能力さえあれば、教育力があると考えているとしか思えない。
 なお、「五つの提言」に「2019(平成31)年度までに、すべての小学校でALTを確保するとともに、生徒が会話、発表、討論等で実際に英語を活用する観点から中・高等学校におけるALTの活用を促進」、「答申」に「平成31年度までに、その質を確保しつつ、全ての小学校にALT等が参画できるよう支援を行う必要」とあるが、上述の理由で各学校現場の意向に応じた配置が必要である。すでに、東京都教育委員会は2015年度から「JETプログラムによる外国人の招致を100人から200人に拡大するとともに、外国人指導者として在京外国人の更なる活用を図り、教員と外国人指導者による指導を充実」することによって、都立高校等で強制的に「原則として全ての生徒が外国人による指導を受けられるようにする」こととした。誠に遺憾なことである。
 私たちは、かねてより「教育職員免許法」に基づく教員を十分に確保すべきであると提言している。


ⅩⅤ.入学者選抜試験(入試)における外国語について

 ほとんどの高等学校入試および大学入試に外国語(特に「英語」)が課され、あたかも「入試のためにのみ必要な教科」の観を呈している。そもそも、入試教科に「外国語」を含むことの是非をめぐって議論が大きく分かれている。以下、解決すべき問題点を5つ指摘する。

 1.小学校の教育課程において「外国語活動」が必修となり、「中高一貫教育校」を含む中学校入試に何らかの形で「英語」が選抜の材料となってきている。「五つの提言」も「中学校における入学者選抜における英語の扱いについて、引き続き慎重な検討が必要であるとの指摘」に言及している。「教科化」が導入されれば、今後さらに増加することが懸念される。

 2.大学入試センター試験において英語以外の外国語が実施されており、これは歓迎すべきことである。しかるに、高校入試においては、「外国語」が入試教科に入ってから英語以外の外国語を入試科目としている例は少ない。『中学校学習指導要領』で「英語履修を原則」としていることの誤りを正して、多様な外国語を学習できるように改善し、同時に、高校入試教科として「外国語」を実施するのであれば、多様な外国語で実施すべきである。
 なお、大学入試センター試験の是非は別として、廃止されて、例えば「高校生のための基礎診断」及び「大学入試共通テスト」が導入される場合、上述のように英語以外の多様な外国語についても引き続き実施されるべきである。「高大接続システム改革会議『最終報告』」(2016年3月31日、以下「最終報告」)には「公的な性質を踏まえつつも、可能な業務は積極的に民間事業者の知見を活用する」等の記述があるが、繰り返し述べてきたように、「外部依存」には反対である。

 3.2006年度の大学入試センター試験から「リスニングテスト」(英語)が実施された。私たちは、1980年度の大会で、「大学入学試験に音声テストを導入すること」を提言し、その後、「入試で外国語を課する場合、リスニングおよびスピーキングの要素を大幅に増やすべきである」と繰り返し主張してきた。
 ところが、リスニングテストの実施は「英語」だけであり、「ドイツ語」「フランス語」「中国語」「韓国語」では実施されなかった。「指針」も「英語力については、入学者選抜や入学から卒業に至るまで、「聞く」「話す」「読む」「書く」の技能(以下、「4技能」という。)の初等中等教育から高等教育を通じた総合的な評価が行われることが重要である」と「基本方針」で述べている。「プラン」も「4技能を重視した授業・入試改革」を唱えている。前記すべての外国語でリスニングテストとスピーキングテストを実施すべきである。「最終報告」も「英語の多技能を評価する問題の導入」を打ち出してきているが、「最終報告」や「全国的な学力・学習状況調査における中学校の英語の実施に関する最終報告」(2017年3月29日)が指摘しているように、実施上問題点が多々あることを指摘しておきたい。

 4.現在、公立高等学校入試のすべてに「リスニングテスト」が導入されている。私たちは、1983年度の大会で、「高校入学試験に音声テストを導入すべきである」ことを提言した。前回の『学習指導要領』からは「中学校・高等学校を通じて、4技能を総合的に育成する指導を充実」としている。さらに、全国的な学力検査の在り方等の検討に関する専門家会議も「対象教科の追加について」の中で、英語に関して「筆記試験のみを行うことの波及効果により、聞き、話す技能が軽視され、文字による理解や言語に関する知識・理解に重点を置いた指導を行うことが懸念される。聞くこと、話すこと、読むこと、書くことの4技能バランスのとれた育成を求める新学習指導要領の趣旨を踏まえた調査が求められる」としている。また、「提言」は「大学入試における英語の試験の多くは、『話すこと』を含めたグローバル社会に通用する英語力を測るものに必ずしもなっていないとの指摘があり、学習指導要領に準拠して『話すこと』『書くこと』といった発表技能も含めた4技能をバランスよく問うよう、入試問題を改善する必要がある」としている。さらに、「審議のまとめ」が大学及び高等学校入学者選抜における学力検査等の在り方の改善で「学習指導要領に沿った英語の4技能を総合的に評価する学力検査等を奨励する」と述べている。「4技能を通じて『英語を使って何ができるようになるか』」という観点であれば、いずれの考え方にも同感である。加えて、「平成26年度 英語教育改善のための英語力調査(高校3年生)」でも「話すこと」の調査が行われた。さらに、「平成27年度 英語教育改善のための英語力調査(中学校3年生)」でも「話すこと」の調査が行われた。「全国的な学力・学習状況調査における中学校の英語の実施に関する最終報告」(2017年3月29日)にも課題が残されている。なお、以前岩手県立高等学校入学試験で「英語応答試験」が取り入れられたが、2007年度入試から廃止されたのは遺憾であり、「話すこと」についても、すべての高校入試に導入すべきである。併せて、『学習指導要領』が「発信力の向上」、「プラン」が「4技能を重視した授業・入試改革」を言うのであれば、当然入試に反映されるべきである。

 5.「五つの提言」は「入学者選抜における妥当な資格・検定試験の活用促進」と述べている。今回の「最終報告」にも上述のような記載がある。具体的には、「提言」は大学入試に関して、「一部の大学では、AO入試においてTOEFL、TOEIC等の外部検定試験のスコアを所持していることを条件に外国語の試験を免除している。このような取組をさらに進めることが必要である」「国は、入学志願者の外国語コミュニケーション能力を適切に評価する観点から、AO入試・一般入試におけるTOEFL、TOEIC等の外部検定試験の活用を促す」と言っている。これを受けて、例えば「第三次提言」は「大学入試や卒業認定における TOEFL等の外部検定試験も活用」と記している。さらに、「指針方針」も「各学校及び各団体における英語4技能の資格・検定試験活用を奨励する」、「プラン」も「民間の資格・検定試験の活用を、引き続き促進」としている。外国語教育全体がますます外部試験に依存することになるばかりであり、これは誤りである。理由は、私たちがこの「意見」の中でたびたび言及してきた通りである。


資料
言語教育・外国語教育に関する私たちの見解

 私たちは、2001年度の大会において、学校教育、なかでも初等中等教育において行われるべき言語教育の目的について話し合った。その結果、次の内容について共通の認識をもっていることを確認し、公表した。現在に至るまで、大会を開催するたびに、これが共通の認識であることを確認したうえで議論をしている。

  1. (1) 言語は人類に共通の能力であり手段であるとともに、民族、集落、地域など各集団ごとに異な るものであることを知り、また言語を使用することを通してそれを体験すること。
  2. (2) 言語は人間の成長発達や生活に深く関わるものであることを知り、また言語を使用することを 通してそれを体験すること。
  3. (3) それぞれの言語には特有のルールがあることを知り、また言語を使用することを通してそれを 体験すること。
  4. (4) 言語は、他言語との関わりによって、それぞれに独自の変化をするものであることを知ること、 および体験すること。
  5. (5) 言語は、自他を問わず人を生かすことも、傷つけることも、癒すことも、さらには殺すことさ えもできるものであることを知ること。

 また、私たちは、外国語教育の改善のために、以前から次のように主張してきた。

  1. (1) 外国語教育が言語教育の一環を担わなければならない。
  2. (2) 外国語教育が人間相互の理解の教育、ひいては国際理解の教育において、重要な役割を果たさ なければならない。
  3. (3) 上記(1)および(2)は、当該外国語を、実際に体験することによって初めて実現できるものであ る。
  4. (4) 多様な外国語の学習を保障すべきである。
  5. (5) 指導方法については、様々な指導方法による経験の蓄積があるのであり、『学習指導要領』等 が格別なことを言及すべきではない。


 以下に根拠を述べる。

 世界には様々な人々が様々な文化の中で生活しており、それぞれ固有の言語を持っている。この事実は重 い。固有の言語に加え、様々な原因・理由によって英語を第二言語あるいは外国語として用いる場面が多い としても、英語教育のみを無批判に優先させることは誤りである。むしろ、母語を含めて諸言語を相対的に捉 えることができるようにすべきである。使用人口の多寡、政治的・経済的要因によって言語の優劣を考えるとい う誤りに気づかせることこそ、必要なのである。学校教育における「外国語」も、それが英語一辺倒にならない ようにすることによって、国の内外を問わず、様々な民族・文化が存在することを学ばせることが必要である。
 また、外国語の指導方法については、各学習段階において、個々の指導者には様々な指導方法による理 論的・実践的経験の蓄積や教材等がある。言及する必要はない。


第454 回大会参加者氏名

池田 真澄
(新英研)
  大内由香里
(語研)
  祁答院惠古
(新英研)
小菅 和也
(語研)
  佐々木 力
(高独研)
  瀧口 優
(新英研)
田島 久士
(語研)
  田中 渡 
(新英研)
  手島 良 
(語研)
中山 滋樹
(GDM)
  山崎 勝 
(語研)
   

団体名(略称および正式名称)
 語研=一般財団法人語学教育研究所
 新英研=新英語教育研究会
 GDM=GDM英語教授法研究会
 高独研=高等学校ドイツ語教育研究会

日本外国語教育改善協議会・2015 年度世話人会
世話人会幹事  田島 久士 一般財団法人語学教育研究所
世話人佐々木 力 高等学校ドイツ語教育研究会
池田 真澄 新英語教育研究会
中山 滋樹 GDM英語教授法研究会
事務局 大内 由香里  一般財団法人語学教育研究所

日本外国語教育改善協議会
  〒116-0013 東京都荒川区西日暮里6-36-13
            サザンパレス102 号室
       一般財団法人 語学教育研究所内


(2017年11月19日掲載)

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