■ 世界を広げ、生き方を考える教材を

5つのテーマ

生徒と時代を共有する
―私を助けてくれた教材―

冨樫 和子(とがし かずこ 山形・元県立天童高校)

 1969年4月、生徒の立場に立つということだけを決意し、それがどういうことかわからないまま教壇に立ちました。自分の好きなPPM, Brothers Four、Joan Baezの美しい反戦歌などをよく教材にしました。またグループ学習や文法指導の実践もしました。

1.18年目の赴任校で授業が不成立

 教科書だけでは授業が成立せず、教材の選択を迫られ、高校生の知性に合う発見のあるものを捜しました。The Daily Yomiuriに載った南京大虐殺の英文記事や、正義・自由を求めて闘うキング牧師やチャップリンの教材を読みました。広島でのピースメッセージ交換のために、グループ学習で原爆詩、土門拳の原爆写真集の英文説明、「はだしのゲン」の英文漫画などを学習。生徒たちはこれらの内容に惹かれて辞書を引きながら読んでいきました。

2.TTで"Foster Plan"

 22年目の勤務校がALTの拠点校になり、そこでエイミーさんと出逢いました。彼女の静かで誠実な情熱と英語科の同僚教師たちの優しさに恵まれ、統一テーマ「Foster Plan」をスタート。「ハイチ動乱」という世界の歴史を見る実践になるとは誰も思わずに、一人ひとりがやれることに取り組みました。文化祭でハイチの4歳の女の子、シェデリーヌちゃんを学校に通わせるために募金活動を行い、募金のお礼として英語の歌を翻訳し歌集を作り、英語のレシピでお菓子を作り募金者に配りました。シェデリーヌちゃんに絵手紙を書き、日本の童話を翻訳して送りました。生徒達はこの取組みを通して『貧困』と『学び』を知り、エッセイコンテストやスピーチコンテストに参加、さらに自分たちの進路の小論などでもその思いを書きました。

3.生徒の成長が見えた文章作成

「地雷でなく花をください」表紙の画像  29年目の勤務校では教員をあまり信頼しない管理職が続いて赴任してきましたが、私は生徒との関係を大切にし、教科通信を発行しました。金子みすゞの弱者への優しい眼差しと矢崎節夫の深い解説が生徒の感動的な詩を生みました。
 また柳瀬房子・葉祥明の絵本『地雷ではなく花をください』を読み、生徒の感想カードを送ったところ、柳瀬さんと絵本の編集長を感動させ、出版の裏話を語る嬉しいお返事までもらうことに。私はその3年間の取組みをレポートに書きました。生徒は詩や感想を書くことの大切さを知り、それらに成長の証が見えました。

4.「9.11事件」:真剣勝負のピースメッセージ

 2001年、田中安行さん・管幹雄さんから新英研メーリングリスト(以下ML)上で「報復戦争反対の署名に協力を!」という呼びかけがあり、全国の仲間がこれに応えました。この戦争にどう取り組めばよいのかと考えていたとき、メール上で「9.11」の被害者の戦争反対のデモ行進とスローガンを知りました。「報復をわれわれの名前でするな!」のスローガンが力強い教材になりました。
 2001年9月、修学旅行で京都・大阪へ行ったとき、アメリカ人に会いピースメッセージを交換することは真剣勝負の様相を帯びました。アメリカ人に渡すのは怖いからできないと言った生徒が、アメリカ批判のメッセージを受け止めてくれたアメリカ人に、マスコミに踊らされた自分を反省する感想を書きました。全部の班がメッセージ交換を行いました。

5.平和教育の教材:Charlotte Speech

「KOREIA アンニョン!コリア」表紙画像  教師になって34年目、最後の勤務校は進学校で、授業に自由はあまりありませんでした。その学校がたまたま韓国の進学校と姉妹校で、ホームスティ交換や修学旅行の交流があり、副読本に『アンニョン!コリア』(西沢俊幸、室井美稚子、Sarah Brock著、三友社出版)を使っていました。
 2003年、新英研のMLで田中安行さんが「自分の子どもがイラクにいることを想像して下さい」と訴えたアメリカ・メイン州に住む13歳の女の子Charlotte Aldebronちゃんのスピーチ(2003年2月15日)を紹介してくれました。生徒達は、自分より幼い少女がイラクの子どもの悲惨な実態を語り戦争をやめてと訴えたことに驚き感動しました。
 田中先生が「Charlotte Speechは受験の教材になるだろうか」という私の質問に応えて下さって、メール公開の教材作りとなりました。来日したCharlotteちゃんのお母さんに田中安行先生が直接インタビューしたのも教材となりました。その学校の2年目はこのスピーチを読取り教材として使用しました。

6.インタビューで深まった読み取り

 シャーロットちゃんのスピーチの後半に次の一節があります。

  Back in elementary school I was taught to solve problems with other kids not by hitting or name-calling, but by talking and using "I" messages. The idea of an "I" message was to make the other person understand how bad his or her actions made you feel, so that the person would sympathize with you and stop it.

訳:「話を小学校のことに戻しますが、私は、他の子どもとけんかをしたときには、叩いたり悪口を言ったりするんじゃなくて、『自分がどう思うのか伝えなさい』と教えられました。相手の身になったらどう感じるのか、理解してもらうのです。そうすれば、その人たちはあなたの言うことが分かって、やめるようになります」。

 東京の田中安行先生は、シャーロットちゃんのお母さんJullianさんに「"I" message」の意味について直接聞きました。

「普段、相手を非難するときには'You hit me badly.'とか'She spoke ill of me.'と言います。それを'I'を主語にして話すと、'I had a strong pain at my head.'とか 'I felt very sad.'というように自分の感情や感じを相手に伝えることができて、相手にもこちらの気持ちが率直に伝わるので、Conflict resolutionの方法の一つとして、そういう表現をさせています。またスピーチの他の節に出てくる「"We" message」(以下の英文)というのも共感を高めていくやり方です」。

Now I am going to give you an "I" message. Only it's going to be a "We" message;"We"as in all the children in Iraq who are waiting helplessly for something bad to happen,"We"as in the children of the world who don't make any of the decisions but have to suffer all the consequences, "We"as in those whose voices are too small and too far away to be heard.

訳:「いつものように私は、どう感じるか伝えたいと思います。ただし、『私』ではなく、『私たち』として。悪いことが起きるのをどうしようもなくただ待っているイラクの子どもたちと何一つ自分たちで決めることはできないのに、その結果はすべて背負わなければならない子どもたちとして。声が小さすぎて、遠すぎて届かない子どもたちとして」。

 なお、シャーロットちゃんは、スピーチの最後を次のように締めくくっています。生徒はとても感動しました。

We feel scared when we don't know if we'll live another day. We feel angry when people want to kill us or injure us or steal our future. We feel sad because all we want is a mom and a dad who we know will be there the next day. And, finally, we feel confused because we don't even know what we did wrong.

訳:「殺されたり、傷つけられたり、将来を盗まれると思うと悔しいです。私たちは、後1日生きられるか分からないと考えるとこわいです。いつもそばにいてくれるお父さんとお母さんがほしいだけなんです。そして、最後に、私たち、何か悪いことをしたでしょうか」。

7.授業の展開

(1)1時間目の授業
 生徒に全文を聞かせ心に残る言葉に印をつけさせました。生徒の心に残ったCharlotteちゃんの言葉と感想は次のとおりです。
  • I am what you are going to destroy..... And finally, we feel confused because we don't even know what we did wrong.
  • Now I am going to give you an "I" message. Only its going to be a "we" message.

 「この文を書いたCharlotteちゃんはとてもすごいです。私たち高校生でもこんなすばらしことは書けないと思います。この文ではイラクの子どもたちのことを書いているけど、私にはアメリカの人たちに訴えているものだと思いました。イラクの子どもたちと自分を同じように考えて『私たち』という言葉を使っていて、本当にイラクの子どもたちを心配しているのだと思いました。私はこの文を読んでとても感動しました。そして早くイラク戦争で傷ついた子どもたちの身体の傷も心の傷もいえることを願います」。


(2)2時間目~4時間目
 2時間目以降は毎時間全文をリスニングしました。4回目のリスニングのときの生徒の感想を掲げます。
  • 段落毎にプリントの読解をしているので半分の段落まではテープを聴いてもおおよその訳はできるようになった。それ以降もテープを聴いただけではいまいち分からないけど、プリントの日本語を見なくとも大体内容がわかってきた。
  • この前より聞き取りやすくなったのでだんだん慣れてきたのだと思う。聞きながら意味を考えられるようになってきた。プリントは余白が多くなって見やすく書きやすくなった。


(3)Charlotteちゃんへ励ましのメール
 田中先生は『新英語教育』2004年8月号の「授業に生きる英文資料」に生徒の作詞"A Wish――Can you hear me, Our silent cries?"を次のように載せてくれました。

 平和を願う8月の「光る言葉」に、日本の生徒の書いた英語の詩とメールを紹介します。昨年12月、米国によるイラク攻撃の直前に、メイン州の小学校6年生だったCharlotte Aldebronちゃんが「イラクの子どもたちはどうなるの?」と訴えるスピーチをしました。それを使った授業で山形の冨樫和子先生が、生徒たちに書いてもらった自己表現作品です。心からの叫びを読んでみましょう。

A Wish (by Harada Miho)
Can you hear me
Our silent cries ?
Did you receive
Our hearts and tears?
Did you understand
The chains of sorrow winding around and sticking to our hearts?
Please release our hearts from those chains
With the gentleness in your hearts.
Please make our hearts fly freely in the sky of the hope. 
We are praying 
This world will be filled with many hopes.
And your hearts will have the buds of gentleness.

 上記の自己表現の英詩をシャーロットちゃんに励ましのメールとして送りました。
 なお、このインタビューとスピーチはMP3で聞くことができます。
http://radio.indymedia.org/front.php3?article id=1822&group=webcast *
* 注:上のURLにはすでに当該の音声ファイルはありませんが、左の埋め込み動画を再生すれば、該当のインタビューとスピーチ(ラジオでの読み上げ)を聞くことができます。

8.時代を表す教材

 教科書では授業が成立しない学校に赴任したおかげで、時代をあらわす教材を使う必要に迫られました。でも生徒は食らいついてくれて生徒との共感も生まれました。教科書は学習の仕方の教材として使い、文法もしっかり教えました。
 新英研のMLから出されるその時代を良くするための提案は、英語学習の意味を教える良い教材になりました。生徒たちは英語で絵手紙や感想詩やピースメッセージなどで、自分を表現し、教師は生徒の多彩な能力を知り、生徒たちの意欲や誠実な心を知りました。時代を表す教材は、その時代と生徒を忘れられないものにしてくれたのです。